第16話 クレイジー再び

四度あることは、五度ある。


……なんてことを言ってみたけれど、RPGの世界じゃあるまいし、普通平凡を望んでいる僕としてはそんなに毎日衝撃的なイベントなんていらない。…………が、


「ウェェルカムトゥーザ・『青春』マッシグラーッ!!」


「………………」


静さんの連絡先を手に入れることができた翌日の放課後、僕は多目的室で再び呆然と固まっていた。そんな自分とは対照的に、目の前では激しく身体を揺らし動かし気持ちを表現する中年オヤジ。


「ここは我が校の中でも最も青春を謳歌したいものが集まる演劇部ッ! 同じ志を持つものなら、年齢性別種族問わずに誰でも大歓迎なのさぁっ!」


「……」


いや、最低でも種族は問おうよ……


僕は心の中でそんなことを冷静に呟き、思わずため息を吐き出す。初日に見せたあのテンションが幻だったと思いたがったが、どうやらこれが、この教師の『素』の状態らしい。


……って、今はそんなことより、


「あ、あの……」


「Wow! あの岩本くんが積極的に手を挙げるなんてミラクゥルっ! はいどうぞ!」


いちいちカンに触るんですけど? と一瞬そんなことを思いながらも、僕は今いる状況がまったく理解出来ずに思わず尋ねる。


「こ、これは……どういうことですか?」


そう言った直後、僕は自分の左右に同じように座っている人物の顔をチラリと見る。


右に高砂。


左に大谷くん。


そして……、


真ん中は僕だ。


「……」


一瞬自分の教室にいるのかと錯覚してしまいそうな展開だが、ここは2年5組ではなく、放課後の多目的室。なのに、なぜ彼らがここにいる?


そんな自分の疑問を吹き飛ばそうとするつもりなのか、目の前にいる胡散臭い教師がハイテンションで答える。


「どうもこうも、彼らは立派な新入部員ッ! つまり君たちの新しい仲間になる生徒たちさッ!!」


「…………」


薄々は気づいていたけれど、やはり悪夢は現実に起こっていたらしい。この二人が新入部員って……『侵入部員』か何かの間違いではないのだろうか?


そんなことを思いチラリと右手側に座る高砂を見た時、彼は突然立ち上がって勢いよく自己紹介を始めた。


「僕の名前は高砂たかさご正二しょうじ! 先生がおっしゃる通り、この学校で誰よりも『青春』を愛し、従事し、それを崇拝している者です! 本日よりよろしくお願い致します!!」


おー、っと後ろに座っている莉緒さんや演劇部の女の子たちがパチパチと小さく手を叩いた。そんな彼女とは反対に、僕は頬が引きつったまま隣を見て固まってしまう。


いやいやいや、君がこの学校で誰よりも一番青春を毛嫌いしてなかったっけ? それに青春って従事するものなの?


ここは新手の宗教勧誘の場所か何かなの? ともはや驚きを通り越して呆れた心境でそんなことを思っていた時、今度は左に座っているもう一人のクラスメイトが「出席番号5番の大谷です」とぼそりと自己紹介をした。って、短かッ!


「ではでーは! 新しい部員も仲間も加わったところで……」


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! いつの間にこんな展開になってたんですか⁉︎」


もうこれ以上わけのわからないことに巻き込まれるのは嫌だと危機感を募らせた僕は、思わず万城寺先生の話しを遮って尋ねた。すると先生はニカッと胡散臭い笑みを浮かべる。


「いつの間にも何も、彼らは倍率370倍という狭き門を突破して、今日から入部することになった熱い魂の持ち主たちだッ!」


「ば、倍率370倍?」


突然出てきたありえない数字に、僕は目をパチクリとさせる。


「イエスっ! 元ハリウッドスターの莉緒ちゃんの入部、そして静ちゃんとの美人姉妹による舞台! さらにさらに僕が情熱と魂を込めて作ったポスター効果によって、何と我が演劇部はかつてないほどの入部希望者が集まっているのだ!」


まさにパンデミック! と縁起でもない表現を声高らかに叫ぶ丸ぶちサングラスオヤジに、僕は冷ややかな視線を送る。


倍率370倍って、うちの学校の生徒数600人ぐらいだよ? いくら莉緒さんたちの効果が凄いからって言っても、さすがにそんなに入部希望者が集まることは……


明らかに怪しんでいることがモロに表情に出てしまっていたのか、「ユーに証拠を見せてやろう!」とパチンと指を鳴らした万城寺ばんじょうじ先生が窓へと近づく。


「あの光景を見たまえッ!」


先生の言葉に、眉根を寄せたままの僕含めて他の生徒たちも立ち上がると、ゾロゾロと窓の方へと向かっていく。そして顧問が伸ばした人差し指の先を見て、僕は思わずぎょっとした。


「な……なにあれ……」


すごーい! と感嘆の声を漏らす莉緒さんの視線の先、つまり僕の視界に映っているのは、職員室の前にクーデターがごとく集まっている生徒たちの群れ。


学年性別問わず様々な生徒たちが、閉め切られた職員室に向かって必死に何かを叫んでいる。


「彼らはみな『入部届け』を欲しているのさ」


「入部届け?」


ポカンとした顔で聞き返す僕に、顧問は「イェッス!」とウザいテンションで話しを続ける。


「急にダイナミック的に入部希望者が増えてしまって入部届けの用紙は切れてしまうし、それでも熱い魂を持った生徒たちは職員室に集まってくるしと、もうワンダフルでね! それで部活動の入部において一時的に規制がかかったのさ!」


わっはははーっ! と問題を解決すべきはずの教師が豪快な笑い声を上げる。


ちょ、ちょっと待って! 規制がかかるぐらいって、みんなどれだけ入部したがってるの⁉︎


それにすでに運動部のユニフォームを着てる人たちもたくさんいるけど、あの人たちも入部希望者? まさかの掛け持ち??


あまりに信じられない光景に、僕は思わずゴクリと唾を飲み込む。


「いやーしかし、こうもバズっちゃうとこっちの対応も大変だよね! 静ちゃんが面談と選別を手伝ってくれたおかげで助かったよ!」


「いえ、私は部長として当然のことを行ったまでです。それに、不純な動機や下心を持って入部してくる者をこれ以上増やしたくないですし」


たまたまなのかそれとも必然なのか、チラリと一瞬静さんが僕のことを見たような気がして思わずブルリと背中が震える。


あれ……? これだけ厳しい静さんが面接を行ったのに、どうして一番不純そうな理由を持っていそうな高砂が……


一瞬そんなことを思った僕は、すでにいやらしい目つきで静さんや莉緒さんの胸元をチラチラと見ている高砂に視線を移した。すると僕の視線に気づいた高砂が、突然澄ました顔を浮かべて振り向いてくる。


「ふふふ……君のその様子だと、なぜこの俺が選ばれたのか理解できないようだな。ミスター岩本」


「……」


ええ、ごもっともです。っというより、なんで万城寺先生に感化されてるの?


何だか面倒な展開になりそうだと思った僕は、あえて返事はせずに苦笑いだけ浮かべた。が、相手は「教えてやろう!」と聞いてもいないのに話しを始める。


「俺は静様と莉緒様、そして演劇部の部員たちに全身全霊でこの身を捧げると決めて、その澄み切った純度100%の熱意を認めてもらった男なのだっ!」


だーははっと不純率200%の下品な笑い声を漏らし、高砂は僕に向かって堂々と言った。その言葉に、静さんが冷静に説明を付け加える。


「彼が『演劇部に入部できるなら僕の人権は一切いりません』って嘆願してきたから入部届けを受け取ったの。雑務係の駒としては便利そうで役に立ちそうだと思ってね」


「……」


静さん、本音の声がめっちゃ漏れちゃってますけど⁉︎ それに部員としてじゃなくて思いっきり駒扱いって宣言してるし……もうそれ入部届けっていうより契約だよね? 呪いの契約と同じですよね⁉︎


そんなことを心配する僕とは裏腹に、契約を交わした当の本人はなぜか自分が神にでもなったかのようなドヤ顔をかましている。


「た、高砂……君はほんとにそれで良かったの?」


友人として心苦しくなった僕は、おずおずとした口調で彼に尋ねた。すると高砂はふんっ! と鼻から勢いよく息を吐き出す。


「何を言っている岩本。あの静様と莉緒様のもとで一緒に青春を過ごせるなら、人権なんて百害あって一利なし! 今の俺なら上靴をどころか糞だって舐めれる!」


やめてーっ!! お願いだからそんなことを堂々と宣言しないで! 人権どころか発言も絵面も人間として根本的に終わってるから!!


彼の間違った信念にショックを受けていると、さすがに今の発言は問題があったようで、静さんがギロリと鋭い目つきで高砂のことを睨みつけた。


「高砂くん、先生方にこれ以上ご迷惑をかけると部の存続の問題にも関わるので、職員室の前で馬鹿騒ぎしている彼らを止めてきてくれるかしら?」


「はい静様! 喜んで!」


ワンっ! と尻尾でも振るんじゃないかと思うぐらいの勢いで高砂は返事をすると、そのまま猛スピードで多目的室の扉へと向かい教室を出て行った。おそらく、変な宗教にハマった人間もあんな風に何に対しても盲目になってしまうのだろう……


そんなことを思い胸がチクリと痛くなった僕は、教室から出て行った彼に対して心の中でそっと両手を合わせた。


「彼一人だと心配だから、大谷くんも一緒について行ってくれるかしら?」


「……はい」


静さんの言葉にぼそりと返事を返した彼は、くるりと背を向けると高砂の後を追って教室を出て行った。


「……まさか大谷くんも入部したかったなんて、なんだか意外だな」


思わず声に出して呟いてしまった自分の言葉に、はあと静さんがため息を漏らす。


「彼は高砂くんに連れられて一緒にきたのだけれど、何を聞いても特に返事はなかったから高砂くんと同じ条件で入部させることにしたわ」


「え……?」


それって完全に巻き込まれちゃっただけですよね? しかも大谷くん、僕に対してけっこう辛辣な言葉を投げてくるのに、基本無口なんだ……


なんで僕だけ……なんて思わずため息をついた時、再び万城寺先生が口を開く。


「オッケーイっ! そしたら入部届け争奪戦の対応は彼らに任せて、我々は舞台に向けての練習を始めようかっ!」


「ちょっ、ちょっと先生それでいいんですか⁉︎ それに舞台の練習って言っても脚本もできてないのに……」


相変わらずめちゃくちゃなことしか言わない顧問に、僕はすかさず言葉を返す。すると頭のネジが取れている相手は、なぜかニコっと腹立たしいほどの笑顔を見せてきた。


「ノープロブレムっ! 校則違反及びその他暴力等の行為を行った者は今年の演劇部の舞台は見れないと全校生徒たちには通達しているからね! だから彼らが一線を越えることはないのさっ」


いや思いっきり一線越えそうなぐらい白熱してますけど先生見えてます? 見た目がちょっと怖そうな大谷くんはともかく、あんな激戦区に高砂を送り込んだら本当に彼殺されそうなんですけど……


そんな不安が頭をよぎり、僕は思わずゴクリと唾を飲み込む。


「それと才能溢れる静ちゃんのおかげで、脚本の方も完成しているからねっ」


「えっ⁉︎」


万城寺先生の言葉に、僕は思わず静さんの顔を見た。彼女は一瞬恥ずかしそうに目を逸らしたが、すぐにいつもの冷静な表情を作る。


完成したって……昨日打ち合わせの時はまったくまとまってなかったのに……やっぱり静さんって、すごい。


好きな人が才能豊かだというのは、自分も何だか嬉しくなるし鼻が高い。通りで昨夜は僕と莉緒さんが嵐のようにグループメッセージでやりとりをしていたけれど、静さんに関してはノータッチだったわけだ。


おそらくスマホを手にする暇がないほど脚本の執筆に集中していたのだろう。そう、だから僕がグループ内で静さんに対して送ったメッセージが既読スルーされたのは、仕方ないことなのだ。決して、彼女が故意でやったわけではない……と、信じたい。


そんなことを思いながら悶々とした感情を無理やり胸の奥へと押し込んでいると、「はいユッキー!」と名前を呼んできた莉緒さんが一冊の冊子を渡してきた。


「これがシズの作った脚本だよ」


ニコリと微笑みながらそう言った莉緒さんの後ろでは、どことなく落ち着かない様子で指先で髪の毛をいじっている静さん。その頬が薄っすらと薄桃色に染まっているのが見えて、思わずドクンと心臓が大きな音を立てる。


ヤバい、普段クールビューティと呼ばれているはずの静さんのそんな表情は、可愛すぎて反則だ。反則過ぎるッ!


そんなことを思いながらついつい見惚れてしまっていたら、「何?」と静さんが眉間に皺を寄せて睨んできたので、僕は慌てて視線を手元の冊子へと移す。危ない……危うく僕まで高砂と同じ扱いになってしまうところだった……


不純な動機で入部する者を増やしたくないと言っていた静さん。自分が好意を寄せていることは、部活以外のところでアピールする方が良いのかもしれない。


そう思った僕は、まださっきの照れた静さんのことを勝手に思い出して興奮している心臓を落ち着かせようと、大きく深呼吸をした。そして、冊子の表紙に記された一文に目を落とす。



――風吹く、君との季節――



真っ白な紙の真ん中には、そんな言葉が刻まれていた。


それを読んだ時、なぜか自分の心の中に懐かしい感覚が走る。タイトルと同じく、まるで風が吹くように。


あぁ、そういえば昔もよくこうやって……


ふと自分がまだ静さんと仲が良かった頃の思い出が蘇り、僕は思わず冊子を握る指先にぎゅっと力を込める。


「それじゃあ今日は、出来立てホヤホヤの静ちゃんの脚本をみんなで一度読んでみようっ!」


万城寺先生の言葉を合図に、脚本を持った僕たちは各々の場所に着き、静かに物語の世界へと浸っていく。


莉緒さんは陽が満ちる窓に背を預けながら。演劇部の女の子たちは教室の真ん中で座りながら。そしてそんな部員たちを見守るように、静さんは壁に寄せたパイプ椅子に座っていた。


僕はそんな彼女の姿を視界の隅に映しつつ、角に置かれたパイプ椅子に座るとみなと同じように、静さんが作った物語の中へと潜っていく。


ぺらり、と誰かがページを繰る音。風がカーテンを揺らす音。反対側の校舎から聞こえてくる吹奏楽部の演奏や、グラウンドの方から聞こえてくる運動部の掛け声。


そんな音たちがはっきりと聞こえるほど、多目的室の中は静寂に満たされていた。けれどページをめくればめくるほど、音は徐々に小さくなって消えていく。それぐらい、僕は静さんの物語に惹かれていった。


それは、とある幼なじみの男女の物語だった。


女の子の方は小学生の頃から男の子のことが好きで、同じ高校に入学出来たことをきっかけに自分の気持ちを伝えようと決意する。


しかし、大人しくて目立たない自分の性格をなかなか変えることができず、悶々たした日々を過ごしてしまう。


明るく男前で、誰からも好かれる彼。


そんな彼と釣り合う人間になろうと、彼女は自分の殻を破るために演劇部に入り、そこで必死に自らを磨いていく。いつか彼が言ってくれた、『約束』の言葉を心の支えにして――


「へぇ……」


静寂の中、一番最初に声を漏らしたのは、莉緒さんだった。


読み終わり、パタリと脚本を閉じた彼女は、伏せていたまつ毛をゆっくりとあげて妹の顔を見る。そして、莉緒さんにしては珍しく、落ち着いた声で口を開く。


「良いじゃんシズ、この物語……」


「…………」


まるで姉の本心を暴いてやろうとするかのように、莉緒さんの言葉に静さんは黙ったままきゅっと目を細める。


二人の間だけで交わされる静かな時間。


僅かな瞬間とはいえ、僕はその短い時間の中に、双子の姉妹にしかわからない特別な意味があるように感じてしまった。


横目で静さんたちのやり取りを見つつ、同じように最後のページまでたどり着いた僕は、宝箱の蓋を閉じるようにそっと脚本を閉じる。


偶然か、それとも必然なのか。登場人物である女の子の心境や立場が自分と似ているような気がして、心底感情移入することができた。


…………が、


僕はゴクリと唾を飲み込むと、静さんの方に視線を向けて、恐る恐る小さく手を挙げる。


「あ、あの……」


教室の空気が静かなせいか、思った以上に自分の声が響いてしまい、皆の視線が僕に向く。「ひっ」と思わず小さく叫び声を漏らした僕の耳に、静さんの鋭い声が届く。


「何かしら?」


「……」


莉緒さんに向けていた相手の本心を読み取ろうとする力強い瞳が、今度は僕の顔を映す。

その迫力に飲み込まれそうになりながらも、僕は必死に声を絞り出した。


「す、す、すごく……凄く良い物語だと思いましたッ! 登場人物や場所の設定も今の自分たちにピッタリだし、手が届きそうで届かない恋の描写なんかは、なんていうか凄くリアルで……心に響くものがあるというか……」


まずは自分が感じた感想をしっかりと伝えようと思った僕は、たどたどしい口調になりながらも、静さんの物語に潜ることで見つけた自分の感情について話した。


どれだけ自分が彼女の物語に感銘を受けたのかを。たった一晩でこれほどまでの物語を書き上げた、静さんの才能がいかに凄いのかを。たとえ口下手でも伝えたかった。


そしてそんな僕が最後に尋ねたのは、この物語を読んで最も気になっていたこと……


「それで…………それで、この『超イケメン甘い声系男子』は、いったい誰がするのでしょうか?」


「……」


僕の質問に、今までとは違う奇妙な沈黙が流れた。そして目の前にいる双子の姉妹は互いに目を合わすと、莉緒さんはクスクスと肩を震わせ、反対に静さんは呆れたようにため息を吐き出す。


教室の真ん中に集まっている仲良し3人組は、どこか哀れむような目で僕を見てきて、万城寺先生については「オゥ、クレイジー」とわけのわからないことを呟いている。


もちろん僕だって、バカじゃない。


現国のテストで「この作者の意図は?」といった問題についてはだいたい正解してきた。


だからこそ、あえて聞いたのだ。


おぞましい……あまりにもおぞましい現実を否定したくて。


そんな現実逃避を図ろうとする自分に冷や水をかけるように、静さんが冷静な声で言う。


「誰って……そんなのあなた以外いないでしょ?」


「…………」


やっぱり……そうですよね。僕、主役ですもんね。


自明の理のように、初恋相手から当たり前の口調で告げられた言葉に、僕の頬が一気にひきつる。どう考えても……どれだけ異世界転生したとしても、僕がこれほどまでにイケメンキャラになれることはない。


つまりこの舞台が指し示す場所は…………


僕の死刑台だ。


一瞬、舞台の上で怒り狂った観客たちによって吊るし上げの刑にされている自分の姿が脳裏に浮かび、僕は思わずブルリと身体を震わせた。


「ちょ、ちょっと待ってください町田さんッ! 無理です! キャラ違いです! こ、こんな伝説上の生き物みたいなイケメン男子の役なんて、ぼ、僕には出来ませんッ!」


お門違いどころか種族違いのキャラ設定に、僕は必死に自分の魅力のなさを初恋相手に伝えていく。けれど、クールビューティの脚本家兼監督は、なかなかその姿勢を崩さない。


「何を言ってるの? この脚本が完成した時点でもう賽は投げられたのよ。私がこの主人公の男性を生み出した時点で、それは今回のルール上、演技も台詞も岩本くんが表現しなければいけないということ」


何を今更、と言わんばかりの半ば呆れた目つきで自分のことを見てくる静さんに、僕はプレッシャーのあまり呼吸が止まる。


いやーどう考えてもヤバいよこれ! ぜったいに僕には合ってないよ? ほらだって27ページとか見てよ、これ!


「どうしても君の声が聞きたいから、電話してもいい?」なんてやたらキザなこと言っちゃってるよ⁉︎


こんな台詞、僕みたいな人間が言ったら、文化祭に本当に暴動が起こっちゃうよ⁉︎


あわあわと愕然とした表情で脚本を握りしめたまま固まっていると、今度は莉緒さんの明るい声が聞こえてきた。


「だーいじょうぶだってユッキー! 私も付いてるんだし。それにこれは舞台なんたがら、役になりきっちゃえばいいんだよ。自分こそがこの世で一番イケメンなんだーッ、て」


「…………」


何故だろう。莉緒さんの優しさたっぷりの声が、今の僕には猛毒にしか思えない。というより、本物の女優だった莉緒さんと一緒に舞台に上がる時点で、すでに僕の存在自体が目の毒ですよね?


そんな自分の不安など一切無視して、一番ややこしい人間が口を開いた。


「心配することはないさ岩本ボーイっ! 誰だって最初は産まれたてのみな初心者! それに誹謗中傷悪口陰口なんて、青春真っ盛りの君たちにとってはただの子守唄のようなものだ!」


いや、それこそが既に誹謗中傷なんですけど? ……って、先生ぜったい僕の活躍諦めてるよね?


そんなことを思い、呆れて冷めた視線を送っていると、イカれた先生は再び「ノープロブレムっ!」と問題だらけの状況の中で問題発言を叫んでいた。


とりあえず…………


そろそろ本気で一発殴っていいですか?

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