第14話 多目的室は戦場です。

「ひぃッ!」


多目的室の扉が開くなり、僕は思わず叫び声を漏らした。


目の前に現れたのは、今朝よりも数倍殺気だった目で睨んでくる静さんの姿。


扉が開いた瞬間、一瞬だけ静さんが天使のような笑顔で出迎えくれたと思ったが、どうやらそれは、現実逃避した意識が僕に見せた幻だったらしい。


「……何してるの、姉さん?」


喉元に刃先を突き付けられるような鋭い声で、静さんが言い放つ。その声に、僕は咄嗟に莉緒さんの背中に隠れた。


「何してるのって、ユッキーと一緒にシズに会いに来たんだよ」


莉緒さんがいつものようにあっけらかんとした声で答えた。直後、静さんの眉根がさらに険しさを増し、僕はゴグリと喉を鳴らす。


「……」


つい数分前、莉緒さんの手作りおにぎりを手に入れた僕は、そのまま彼女と一緒にランチを楽しめるという奇跡のような機会を手に入れた。


が、もちろんそんな余裕なんてなかった僕は莉緒さんのお誘いを断り、その理由を正直に話した。


すると彼女は、「それってシズと距離を縮めるチャンスじゃん!」と急に盛り上がり、私も協力するからっと言って一緒について来てくれることになったのだ。


同じ綺麗な形をした瞳が見つめ合う。いや、片方はもの凄く睨んでいる。


……やっぱり、莉緒さんと一緒に来たのはマズかったかな。


静さんの鋭い視線がチラリと自分の方を向き、僕は心の中ですぐさま土下座した。


莉緒さんには、静さんから「一人で来なさい」と言われていることも話したのだが、「大丈夫! 私はシズのおねーちゃんなんだし」と言われ、恐怖のあまりついつい甘えてしまったのだ。その結果が……この開戦前の緊迫状態だ。


「岩本くん、私は『一人で』ってあなたに伝えたのだけれど?」


「い、いやその! そ、そうなんですが……その……」


仕事のできない平社員がパワハラ上司に追い詰められているような口調で僕は言葉を濁す。するとすかさず莉緒さんが助け舟を出してくれた。


「私が無理やり一緒についてきただけだからユッキーは何も悪くないよ。邪魔だったら帰るけど……『二人っきり』で何するつもりなの、シズ?」


「なっ」


莉緒さんの言葉に、終始睨みを利かせていた静さんの表情が一瞬崩れる。


「べ、別に変なことなんてしないわっ! わ、私はただ岩本くんと脚本の打ち合わせをしようと思ってここに呼んだの」


「え?」


僕は思わず声を漏らすと、なぜか頬が赤くなっている静さんの顔をチラリと見た。てっきり往復ビンタを食らい暴言の数々を浴びせられると覚悟していたが、どうやら違ったみたいだ。


た、助かった……


胸の中でそんな言葉をぼそりと呟き、僕はほっと肩を下ろす。すると再び静さんの冷めた声が聞こえた。


「ふん、別に姉さんは必要なかったけど……まあいいわ。3人でやりましょ」


やった! と妹の言葉に莉緒さんが無邪気な声をあげる。


「よしっ! だったら私たち3人で仲良く最高の脚本を仕上げよーっ」


「姉さん、脚本を作るのは私よ。それにこれは姉さんとの勝負でもあるんだから、それは忘れないでほしいわ」


ツンとした態度で答える静さん。すでに『仲良く』という一番重要な部分が欠落しているように感じるのは……僕の気のせいだろうか?


そんなことを思いながら、僕はまるでお化け屋敷にでも足を踏み入れるようなおどろおどろしい心境で多目的室の中へと入った。


「なんか薄暗いなー」


多目的室に入るなりポロリと声を漏らした莉緒さんは、そのまま窓の方へと近づいてシャーシャーと分厚いカーテンを開けていく。その様子を、静さんは無言で見つめる。


「これでバッチリ! それじゃあ記念すべき第1回目の打ち合わせを始めよっか!」


「ちょっと姉さん、演劇部の部長は私よ。勝手に仕切らないでくれるかしら?」


ギロリと睨みを利かせる静さんに、「ごめんごめん」と莉緒さんが軽い感じで答える。さすが双子のお姉さん。僕だったらあんな怖い言い方と顔をされたらすぐにチビってしまいそうだ。


「岩本くん」


「は、はいっ!」


突然名前を呼ばれて、僕は慌てて背筋を伸ばした。


「悪いけど、向こうに置いてある長机を持ってきてくれるかしら? あと、椅子も三脚」


「しょ、承知致しました!」


大佐に指示された二等兵のごとく、僕は返事をするとすぐさま教室の隅に置かれている長机と椅子をセットする。こうやって自分の評価を少しでも上げてもらって……って、初恋相手に対してこんな調子でいいのか、僕?


そんな疑問を、寄せた眉間で表現しながら自問自答していると、「ありがとっ!」と言ってくれた莉緒さんが持っていたお弁当箱を机に置いて席に座る。


静さんも「……助かったわ」と言いずらそうに感謝の言葉を伝えてくれると、僕らの向かい側に座った。目を合わせてくれないところを見ると、よっぽど僕なんかに感謝したくなかったのだろう。


……これはまだまだ先が長いな。


静さんとの恋路の険しさに、僕はため息を吐き出しながら莉緒さんの隣に座る。


「では……今から今年度の文化祭で行う舞台の脚本について話し合いを行うわ」


「ハーッイ!」


淡々と話す静さんに対して、莉緒さんが元気よく右手を挙げて返事をする。双子といえば性格も似るものだと思っていたけれど、二人を見ていると本当に対照的だ。


でも、顔はやっぱりそっくりなんだよな……


僕は二人の横顔をチラリと見て、そんなことを思う。


メイクの違いや髪の色の違いはあるけれど、いつまでも眺めたくなるような可愛くて綺麗な顔はまったく同じ。それはまるで同じ女の子に正反対のコーディネートをさせたような……


そんな妄想の世界に一人浸っていた時、たまたま目が合った莉緒さんがニコリと微笑んだ。思わずカアァっと頬に熱を感じてしまった僕は、慌てて視線を逸らす。


「ゴホンっ! 岩本くん、何かアイデアある?」


「えっ! 僕ですか⁉︎」


突然レーザービームのような鋭い声で質問を浴びせられた僕は、おどおどしながら静さんの顔を見た……って、なんか怒ってる?


「そ……そうですね……」とアイデアのアの字も思い浮かばない僕に、部長の彼女は呆れたようにため息をつく。


「あなたが今回の主役なんだから、今は別のことに気を取られないで」


「は……はい……」


すいません、と僕は小声で付け足して謝る。どうやら二人の顔(特に静さん)に見惚れてしまっていたことがバレていたらしい……


気まずくなった僕が小さく息を吐き出すと、隣に座っている莉緒さんが明るい声で言った。


「まあまあ、せっかくの初の打ち合わせなんだしもっと楽しんでいこーよっ! それにシズも眉間にずーっと皺寄せてたら、せっかくのカワイイ顔が台無しだよ」


ねえユッキー? と話しを振ってきた莉緒さんに、僕は思わず目を見開く。


「ユッキーもシズのことカワイイと思うよね?」


「えぇっ⁉︎」


本人を前にしながら、あまりにも大胆な質問をしてくる莉緒さん。そのキラー過ぎる質問に、僕の心臓が一瞬にして早鐘を打つ。


ちょ、ちょっと莉緒さーーんっ!! その質問は反則だよ!


これじゃあまるで半分告白してるみたいになっちゃうよ!!


そんなことを思い、目が飛び出そうになる勢いで莉緒さんの方を見ると、彼女は静さんには見えないように小さくウィンクをした。


こ、これはもしかして……僕が静さんと距離を縮めれるようにナイスアシストを決めてくれたってことなのか⁉︎


直感的にそう思った僕は、覚悟を決めるようにゴクリと唾を飲み込む。莉緒さんが僕のために作ってくれたチャンスならば、みすみす無駄にするわけにはいかないっ!


そう思い、チラリと静さんの方を見た僕は、彼女の顔を見てぎょっとする。


えーーっ⁉︎ 静さんの顔、めっちゃ赤くなってるんですけど⁉︎


照れているのか、それとも怒っているのか、自分以上に顔を赤くしている静さんを見て、僕は言葉も息も飲み込んでしまった。


その瞳は相変わらず僕を睨んでいるものの、少し顔を伏せているせいで上目遣いに見えてしまい、不覚にも思わず見惚れてしまう……が、


……これ絶対静さん屈辱を感じて怒ってるよね? 僕なんかが自分のことを評価することにめっちゃ怒ってるよね??


何故か黙り込んだまま自分のことを睨み続けている彼女を見て、僕はそんなことを思ってしまう。しかしそんな不安など一切感じていない莉緒さんが、さらにプレッシャーをかけてくる。


「ほらほらユッキー照れてないでどうなのさ? この際白状しちゃいなよっ」


「ちょ、ちょっと姉さん!」


さすがにこの状況に耐えきれなくなったのか、静さんが鋭い口調と共に姉を睨みつけた。


「だってシズも気になるでしょー? ユッキーがシズのことカワイイと思ってるかどうか」


「「なっ⁉︎」」


さらに深く食い込んでくる莉緒さんの質問に、思わず僕と静さんの声が同時に揃う。


「わ、わ、私はべつに……」


珍しく動揺しながら話す静さん。そんな彼女の姿を見て、僕の心臓がますますきゅーっと締め付けられる。


ダメだ……。これ以上静さんを刺激したら、本当に怒られそうだ……


いつの間にか耳先や首元まで真っ赤にして睨みつけてくる静さんに、僕はゴクリと唾を飲み込む。


けれど、このまま無言でいるのもマズい。せっかく莉緒さんが作ってくれたチャンスだ。


ここは玉砕……いや、たとえ往復ビンタを食らったとしても正直に自分の気持ちを伝えるべきだろう。


そう思った僕はプルプルと震える口元にぐっと力を入れて、恐る恐る唇を開く。


「ぼ、僕は……」


直後、2人の視線が一斉に僕に向けられる。吐きそうなぐらいのプレッシャー。いや、負けるな僕! ここは男としてしっかりと静さんに……



ぎゅるるるるーー



突然静寂を打ち破ったのは、僕の男らしい声なんかではなく、空腹が限界に達した自分のお腹の声だった。その瞬間、莉緒さんが思いっきり笑い声をあげる。


「あはははっ! ちょっとユッキー笑かさないでよ! お腹いたいっ」


「…………」


ケラケラと楽しそうに笑う莉緒さんから視線を逸らし、僕は思わず黙り込む。


いくら何でもタイミングが悪過ぎるだろ! っと心の中で叫んだ時、チラリと静さんの方を見て「ひぃっ!」と本当に叫び声をあげた。


「……」


そこには、鬼の形相で自分のことを睨みつけてくる静さんがいた。その視線が怖いのなんのって……あれはもう、ヒトヲミルメデハナイ……


恐怖のあまり思考が凍ってしまいそうになった瞬間、静さんの唇がふっと開いた。


「岩本くん、ふざけていないでそろそろ本題に入っていいかしら?」


「は、ひゃいッ!」


魂さえも貫きそうな鋭い声に、僕は思わず舌を噛んでしまう。


ダメだ……静さんへの評価を上げるつもりが、ここに来てから下がりっぱなしだ。ここは何としてでも起死回生を狙わないと……


無言で机の上にノートを広げて準備を進めていく静さんの様子を伺いながらそんなことを思っていると、突然自分の視界に莉緒さんの腕がにょきっと現れた。


「ほらユッキー、腹が減っては戦はできないよ」


「え?」


その言葉にふと莉緒さんの両手を見てみると、そこにはさっき教室で渡されたあの小さなお弁当箱の姿。ご丁寧に蓋は開けられていて、中からは莉緒さんお手製の愛情がたっぷりと詰まったおにぎりたちが顔を出している。


「ちょっと姉さん。もしかしてそれって……」


なぜかぎょっとした顔を浮かべる静さんが、少し動揺した口調で莉緒さんに尋ねる。


「今朝シズに渡そうと思ったお弁当だよ。シズが食べないって言ったから、ユッキーに食べてもらうことにしたの」


「…………」


なんだなんだ、この重苦しい雰囲気は?


も、もしかして……実は静さんもお腹減ってる、とか?


怪訝そうな表情を浮かべて僕とお弁当箱をチラチラと見比べる静さんを見て、僕は心の中でそんなことを思う。


そうだ……空腹だ。空腹のせいに違いない。

ここに来てからいつも以上に静さんの機嫌が悪くて僕に風当たりがキツイのは、きっとお腹が減っているからだッ!


まるで密室トリックを暴いたかのような心境に達した僕は、確信を勇気へと変えると、恐る恐るお弁当箱を静さんの方へと近づけた。


「ま、町田さんも……食べる?」


ゴクリと唾を飲み込みそんな言葉を口にすると、彼女がキリッとした目つきで睨んできた。


「私はいらないわ。それに今はイライラしてて食欲なんてないし」


「ひっ」


僕はチーターのようなスピードで慌てて弁当箱を手元に戻した。どうやら自分の名推理は思いっきりハズレていたらしい。


「もうシズったら、そんなにイライラしないの。それにちょっとは何か食べとかないと午後の授業がもたなくなるよ。ほら」


そう言って莉緒さんは弁当箱に入っているラップに包まれたおにぎりを一つ手に取ると、妹の方へと近づける。が、彼女はそれを受け取ろうとはしない。


「ご心配なく。それにこれぐらいでバテてたら人間として失格ね」


静さんこえーッ!! って、それで人間失格なら……さっき思いっきりお腹を鳴らしてしまった僕はすでに人間扱いされないとか?


そんなことを思いブルリと肩を震わす僕の隣では、「もー」と莉緒さんが頬っぺたを膨らませている。


「ほんとにシズは頑固だなー。じゃあ代わりにユッキーに食べてもらうからね」


莉緒さんはそう言うと手に持っていたおにぎりを今度は僕の方へと渡してきた。


「ユッキーは食べてくれるよね?」


「は、はい……」


ぎこちなく返事をした僕は、そのまま両手で莉緒さんが握ってくれたおにぎりを受け取る。


愛情が詰まったおにぎりと聞いているからだろうか、ほんのりと伝わってくる温もりが、手のひらを越えて心にまで沁み渡る。


あぁ……この状況の中で、これが唯一のオアシスかも……


なんて思いながら指先でラップをはずしていき一口目を食べようと時、前方から強烈な視線を感じて僕はピタリと動きを止める。


「…………」


静さんが見ている。いや、めっちゃ睨んでいる。


それこそ、「お前ほんとにそれを食うつもりか?」と言わんばかりの目つきで睨んでくる。怖い……ほんっとに怖いッ!


「ほらほら、早く食べてよ! 私のおにぎり」


隣からは耳を撫でるような優しい声で、自分の握ったおにぎりを勧めてくる莉緒さん。


そして前方からは、それを阻止せんばかりの勢いで睨みを利かせてくる静さん。


何この天国と地獄がミックスされた状況……。非常に食べにくいんですけど?


あはは、と僕は苦笑いを浮かべて少しでも静さんの気持ちを穏やかにしようと試みるも、

彼女は「ふん」と鼻を鳴らして顔を逸らしてしまった。そして手元のノートを広げると、そこにシャーペンを使って何やら書き込んでいく。


「……」


僕は……僕はどうすればいいの?


わけがわかやず石化したみたいに固まっていると、莉緒さんが「早く食べて」と再び声をかけてきたので、僕はコクリと頷いた。


ここはとりあえずおにぎりを食べることにしよう。そう思った僕は、右手に持っているおにぎりをゆっくりと口元まで近づけると、最初の一口を噛んだ。


「どうどう? 具材の味が引き立つように、けっこう塩加減とか気を使ったんだよ」


「ほんとだ、すごく美味しい! 莉緒さんって料理が……」


バキっ!


突然前方から何かが折れるような音が聞こえてきて、僕は慌てて前を向いた。すると、さっきまで何かを書き込んでいたはずの静さんの右手が止まっている。


え……? 今のってシャー芯が折れた音、だよね? けっしてシャーペンが折れたわけじゃ……ないよね?


ふるふると小刻みに震えている静さんの右手を見つめながら、僕はゴクリと唾を飲み込む。そして、「ま、町田……さん?」と恐る恐る声をかけると、彼女ははあとため息をついてシャーペンを机の上に静かに置いた。


「あなた達、本当にやる気あるの? ちなみにここ、飲食禁止だから」


「す、すいませんっ」

 

静さんの言葉に僕はすぐさま謝ると、食べかけだったおにぎりを高速でラップで包み込む。隣では、「え? そうなの?」と莉緒さんが困ったように声を漏らした。


「う〜ん、私もお腹減ってるからなー……じゃあ、ユッキー二人で一緒に外で食べる?」


「そ、それも困るわ!」


ダン! と両手を机に置いて突然立ち上がった静さんに、「え……?」と僕と莉緒さんが驚いた表情を浮かべる。


「き、脚本を早く完成させないといけないんだから、貴重な時間を無駄にはできないの。だから……」


今日だけ飲食解禁するわ、と一言付け加えて、なぜか顔を赤くした静さんはゴホンと咳払いすると再びお尻を席につけた。


さすが優等生で演劇部部長の静さん。その権限は教室の規則をも変えてしまうことができるらしい。


「やったー! さすがシズっ! これで打ち合わせもバッチリ頑張れるよ」


ね! と僕の目を見てニコリと微笑む莉緒さんに僕は苦笑いで応じる。


こんな状況で、本当に打ち合わせなんて出来るのだろうか……?


そんな僕の不安は見事に的中して、記念すべき最初の打ち合わせは、記録すべきほどの難航っぷりをみせた。


青春、という漠然なテーマに対して各自思いつくアイデアやシーンを出すことになったのだが、可愛さも綺麗さも瓜二つなはずの姉妹の意見がまったく噛み合わない。


「だーかーら、インパクトもたせるならこの辺でヒロインが時空を飛び越えて……」


「そんなSF超大作みたいな設定なんていらないわ。私が作りたいのはもっと純粋で純情な……」


「……」


「だったらもう少し甘酸っぱいシーンもあったほうがいいでしょ。恥ずかしそうに二人が手を繋ぐとか」


「不純、不潔、淫ら! そういうシーンが一番必要ないの。言ったでしょ? 姉さんたちは指一本触れさせないって」


「…………」


あの僕……そろそろ出て行きましょうか?


思わず心の中でそう呟いてしまうほど、双子の姉妹を目の前に僕は完全に部外者となっていた。


莉緒さんが話し始めたら静さんが止める。静さんが話し始めたら莉緒さんが手を挙げて遮る。その応酬の連続だ。


プロのテニスプレイヤーも驚くようなそんなラリーが続く中、静さんが突然僕の方へと視線を向ける。


「それで、岩本くんはどう思うの?」


「え? ぼ、僕ですか?」


「当たり前でしょ。今回の主役はあなたなんだから、どんな物語にしたいのか意見を出すのは当然だわ」


「そうだよユッキー! ユッキーだって甘酸っぱいシーンとかほしいよね⁉︎」


だから必要ないって言ってるでしょ、と静さんがお姉さんの顔をギロリと睨む。


ヤバい……この二人、相当ヒートアップしてる……


何を言っても噛みついてきそうな美人姉妹を前にして、意見を出すどころかゴクリと唾を飲み込むことしかできない。


「で、どうなの??」と二人同時にズンっと顔を近づけられて、「ひっ!」と僕は思わず目を瞑る。というより、こんな可愛い顔の二人に迫られたら、まともに直視できるわけがない。


そんなことを思いながらも、僕は頭の中で必死に何かアイデアがないか考えた。二人がここまでスイッチが入っているのに、無言を貫くなんて不可能だ。


「そ、そ、そうですね……たと……えば」


言葉を濁しながらなんとか時間を引っ張ろうとする僕に、二人はますます顔を寄せてくる。


あぁダメだ……こんな時に限って、静さんと莉緒さんから漂ってくる良い匂いの方がすっごい気になってしまう。


これ以上は耐えられない! っとプレッシャーと興奮が限界に達して思わず逃げ出しそうになった時、まるで僕を助けてくれるかのように頭上から予鈴のチャイムの音が鳴り響いた。


「あちゃー、昼休み終わっちゃった……って、結局私お昼ご飯食べれなかったしッ!」


「そんなことどうでもいいわ! 脚本のことが何も進まなかった方が問題よ」


はあとため息を漏らした静さんが、呆れたようにこめかみを押さえる。


「なら続きは今日の部活の時に話そうよ。放課後だったら時間もたっぷりあるし」


「それは無理ね。今日は水曜日で部活が休み。私も塾があるから姉さんたちと話し合いをしてる時間なんてないわ」


「えー」と妹の手厳しい言葉に、莉緒さんがしょぼんとした表情を浮かべる。


良かった……今日は部活がないんだ。


この調子じゃ次も話し合っても同じ感じだろう、と姉妹からのプレッシャーを危惧していた僕は、とりあえず今日は解放されたことにほっと胸を撫で下ろす。


すると広げただけのお弁当箱をなおしていた莉緒さんが、「あっ」と声を漏らした。


「だったらさ、このメンバーでラインのグループ作ろうよ!」


「え?」


莉緒さんの突然の提案に、珍しく僕と静さんの声が揃う。


「ラインだったらいつでもアイデア出せるし議事録みたいに残せるでしょ? それに、何か連絡しなきゃいけない時はすぐにメッセージ送れるし」


「ま、まあ……そうだけど……」


ぎこちない返事をしながら、僕はチラチラと静さんの様子を伺った。



静さんの連絡先が手に入るーー



毎晩僕が天井に向かいながら願っていたことが、まさかこんなタイミングで巡ってくるなんて!


心の動揺が隠しきれず目を泳がせていると、一瞬だけ視線があった莉緒さんが小さくウィンクをした。どうやらこれも、彼女の作戦らしい。


り、莉緒さん……


ナチュラルな感じで僕と静さんの距離を縮めてくれようとする莉緒さんの計らいに、じわりと心の中に温もりが広がる。あとは静さんがオーケーしてくれれば良いのだが……


そんなことを思いもう一度静さんの方を見ると、彼女はなぜか指先を絡ませてモジモジとしながら視線を逸らしている。


「わ、私はべつにそこまでして……」


「絶対その方がスムーズだって! それに部長としてシズもみんなの連絡先を知ってるほうがいいでしょ?」


「……」


莉緒さん、なんたる押しの強さ。あの静さんが珍しく戸惑っているではないか。いけ莉緒さん! あとちょっとだッ!


緊張のせいで爆発しそうな鼓動を胸のうちに感じながら、僕は心の中で莉緒さんの応援に徹した。この機会を逃せば、静さんの連絡先を手に入れることができるチャンスが無くなってしまう。


祈るような思いで二人のやりとりを見守っていた時、莉緒さんが最後の一押しと言わんばかりに口を開く。


「ユッキーだって連絡先手に入れて、シズのこともっと隅々まで知りたいよね?」


「…………」


り、莉緒さーんっ!! それちょっとニュアンスずれてる!


なんか演劇部のこととか関係なしで、僕が個人的にシズさんを知りたがってる変態にみたいになっちゃってるよっ!


急に飛んできたぶっ飛び過ぎた質問に、僕は思わず目を見開いた。


静さんはといえば、せっかく傾きかけていた心が今の言葉で戻ってしまったのか、顔を真っ赤にして僕を睨みつけてきた。あぁ……これでせっかくのチャンスが……


「わ、わかったわ。とりあえず続きはラインでやり取りしましょ」


「え?」


てっきり拒絶されるとばかりに思っていた僕は、静さんの言葉に目をパチクリとさせた。


「た、ただこれはあくまでも演劇部の活動のためにお互い連絡先を交換するだけ。だから、変なメッセージは送ってこないでよ」


わかった? とスマホを取り出しながら目を細めてくる静さんに、僕は「は、はい……」とぎこちなく頷く。


どうやら連絡先を手に入れることができたからと言って、僕たちの距離が縮まったわけではなさそうだ……

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