第13話
「まあ……きしだんちょうをやめたいのならそれはそれで好きにすればいいと思うが、おまえをしたう者たちもいることは忘れるなよ」
フィオラの言葉に、ルカは決まり悪げに頷く。
「それは……うん」
「ガレッディふくだんちょうも心配していたぞ」
そう言うと、どこか窺うような瞳でルカが見つめてきた。
「フィーが俺を連れ出したのは、彼に言われてだろう?」
「……その言い方だと、まるで私にしゅたいせいがないみたいなんだが。私は私で、ちゃんとおまえが心配だったから、行動にうつしたんだぞ」
「……今日のフィー、本当にいろいろ言葉にしてくれるから、破壊力がすごい……」
「何を言ってるんだ、おまえは」
やっと調子が戻ってきたというかなんというか、ルカがいつもの(?)言動になってきたので、密かにほっと胸を撫で下ろす。
「……そういえば、ローシェ魔法士長が不在になって、ちょっとざわついていたけど……フィーは何か知ってる?」
「……おまえだから言うが」
「……うん」
「たぶん、ローシェ魔法士長は、『ディゼット・ヴァレーリオ』のところに行った」
「……え!?」
驚きの声を漏らしたルカだったが、すぐに辺りを見回して誰もいないことを確認し、声をひそめて問うてきた。
「……『ディゼット・ヴァレーリオ』のところに?」
「たぶん、だが。さいごに会ったとき、『腹を決めないと』というようなことを言っていた。それからほどなくして不在が騒がれていたから、そうだろうと思っているだけだ」
「……それは……決着をつけに行ったということだろう? フィーとしては複雑じゃないのか?」
気遣うような瞳でルカが訊ねてくるのに、フィオラは苦笑した。
「――リト=メルセラの魔法……なのかなんなのかわからないあれで、私は自分の中の怒りも憎しみも、最大限に発して、『ディゼット・ヴァレーリオ』だと思うものを攻撃したからな。元々、私には討てないものだと言い含められてもいた。確かにふくざつな気持ちではあるが……思ったよりは、おちついている」
「そうなんだ……」
「おまえも――ローシェ魔法士長が帰ってくるかはわからないが、もし帰ってきたら。リト=メルセラとの面会の許可をとるといい」
「……!」
「リト=メルセラは無力化されている。面会くらいはできるだろう。……おまえと彼は、きちんと話をしたほうがいいように思うから。――差し出口かもしれないが」
「……ううん。――俺はたぶん、そうやって言われないと、リトと話をするってことも選べなかっただろうから。ありがとう」
ルカが微笑んだ。その笑みはどこかぎこちなかったけれど、たぶんそれが今のルカの精一杯なのだろう。
リト=メルセラとルカの間のことは、きっとフィオラには触れられない、いろいろなものがあるのだろうから。
そうした距離を、少しさみしく思う自分がいることを、フィオラは自覚する。
なんでも話してほしい、というわけではない。そういう関係もあるのかもしれないが、自分とルカの間でそのような関係を築こうとは思わない。
だからこれは、ただの――。
「――ガレッディふくだんちょうに、おまえがろくに食事もせずに仕事をしているとも聞いたぞ。せっかくだ、何か食べに行くか」
「……! フィーから、俺を食事に誘ってくれた……⁉」
「……私にだって、そういうときくらいある」
とは言ったものの、記憶にある限り、シュターメイア王国に来てからは初めてのことかもしれなかった。
その初めての相手がルカであることが、どこか当然のことのように思えて、くすぐったい。
「どこに行く? 前も言ったけど、フィーと行きたい店はたくさんあるんだ!」
「その店の数、減った感じがしないんだが……。まあ、おまえが行きたいところでいい。おまえの食事がゆうせんだし」
「じゃあ、俺ががっつり食べられて、フィーが好きそうな甘味がある店にしよう!」
「ろくに食べてなかった身体に、がっつりはどうなんだ……?」
「騎士の身体はそんなにやわじゃないから大丈夫。さ、行こう!」
そうしてさっと、当たり前のように自分を抱え上げたルカの喜色に染まった顔を、フィオラはうろんな目で見つめた。
「まったく、おまえは……」
「でも、移動にはこっちの方がいいだろう?」
「……まあ、こっちのほうがいつものおまえらしいな」
「フィーが俺のことをわかってくれてて、うれしい」
「……いや待て、食事の前におまえの傷を治した方が……」
「フィーの気が変わる前に一緒に食事に行く方が大事だろう?」
「私の気が変わることはないとほしょうするから、……そうだな、サヴィーノ魔法士のところに行くぞ」
「フィーが治してはくれない?」
「ローシェ魔法士長から、魔法使用禁止だと言われたからな。少なくとも――元の姿に戻るまでは、と」
(もしかしたら、もう戻って来られないかもしれないから、ローシェ魔法士長はそういう言い方をしたのかもしれないな)
そう考えながら、ローシェ魔法士長がいなくなることについて考える。――いつか、来る日ではあったのだ。少なくとも、フィオラはそれを教えられていた。だから、このまま彼がいなくなっても、仕方のないことなのだと飲み込まなければならない。
「そっか……。でもサヴィーノが借りもないのに、魔法を使ってくれるかな」
「私は使ってくれる方に賭ける」
「……サヴィーノと何かあった?」
「いや――彼が、少し変わったんだ。おまえも会えばわかる」
「……じゃあ、会いに行ってみようか。もちろん、そのあとは食事に行くけど!」
「そう念を押さなくても、私から言い出したことだから撤回はしない」
「それならいいけど……。じゃあ、まずはサヴィーノの部屋だね。……ふふ、フィーの重さと暖かさ、安心するな……」
「……私と二人の時はもうあきらめているが、サヴィーノ魔法士の前でそんなふうに笑みくずれるなよ……」
そうしてフィオラとルカは、二人で一つの影をつくりながら、歩き出したのだった。
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