第12話



 どちらからともなく手をつないで、外へ向かう道を歩く。

 以前似たような状況になった時と違うのは、ルカの口数の少なさだ。どうにも上の空で、フィオラが他愛ない話を振ってみても生返事が返ってくる。



(まったく、こいつは……)



 騎士団区域から離れて、魔法使いの宿舎付近まで来たところで、フィオラは足を止めた。ここまで来ればほとんど人がいない。話をするにはうってつけだった。



「……おぼえているか? おまえと私が初めて会ったのは、ここだったな」


「……覚えてるよ。俺がフィーに最悪な態度をとったことも」


「それはもう、当時の心情的に仕方ないということで流しておけ。そうじゃなくて……。ああ、もう。こういうのは得意じゃないんだ。そっちょくに言うぞ」


「…………」


「おまえ、むだに責任を感じているだろう。さっきの『きしだんちょう失格』うんぬんもいやに真剣な声音だったし」


「だって、それは……そうだろう。俺のせいでフィーは攫われて、危険な目に遭ったし、この国に『ディゼット・ヴァレーリオ』の手の者が入り込んだのも、俺が原因のようなものだし」



 やっぱりか、とフィオラは思う。どうせそういうことをぐだぐだと考えて、見舞いに来なかったのだろうと察してはいた。



「いちばん危険な目にあったのが誰かと言ったら、正直なところおまえだろう。私はむしろおまえを危険な目にあわせた側だし」


「それは、リトのせいで……」


「そもそもが『ディゼット・ヴァレーリオ』の、ローシェ魔法士長へのちょうはつなんだ。言ってしまえば、その尖兵はだれだってよかった。リト=メルセラでも、そうじゃなくても。彼もあるいみ、利用されたわけだ」


「……そういう見方も、あるかもしれないけど」


「まあ、外野が何か言ってきてるのかもしれないが。私はおまえに落ち度はないし、被害を出さずにじたいを収束しているんだから、あれこれ言われるすじあいもないと思うぞ」


「……今日のフィーは、饒舌だね」


「おまえが喋らないからな」



 長く喋ったことで少々疲れて、フィオラは一旦口を閉じた。すべてを自責としようとするルカに、いちいち道理を説くのはもっと口の回る――何やら裏で何事かあったらしいサヴィーノ魔法士あたりが適任だと思うのだが。

 彼は実際のところ、けっこうルカのことを気にしていると思う。見舞いのときもそれとなく「あのまるで恋人みたいに貴方に甘い騎士団長は、まだ来てないそうですね」とか言っていたし。



「ともかく、私はおまえのせいでとかそういうのは思ってない。思ってないから、いきなり距離をとろうとかするな」


「フィー……、でも……」


「でもも何もない。とうじしゃの私がいいって言っているんだから、いいんだ」



 言い切ると、ルカの眉がへにゃりと下がった。



「本当に、フィーにはかなわないな……」


「あと、その傷。残すな。治せ」


「え、」


「『氷のびぼうのきしさま』の顔に傷をつけたなんて知られたら、私の身が危ういだろうが」


「でも……」


「でもでもうるさい。その傷を見る度、自分の行いを突きつけられることになる私の身になれ」


「……そういう言い方で、俺が傷を治しやすいようにって気遣ってくれてるのくらい、わかるよ」


「…………」


「ありがとう、フィー。……俺は君に、助けられてばかりだ」



 そう、顔を伏せて言ったルカの声がどこか泣きそうにも聞こえたので、フィオラは努めてその顔を見ないようにした。……たぶん、見られたくないだろうと思ったので。



「私だって、おまえに助けられてばかりだろう。今回のことしかり、『ディゼット・ヴァレーリオ』絡みの時は、特に」


「……そう、かな」


「そうだ。だから、これでも感謝しているんだ。……伝わりにくいかもしれないが」


「今日のフィーは、なんだか素直に言葉を向けてくれるね」


「いつもがすなおじゃないみたいな言い方はやめてくれ。言葉を尽くさない方なのはじかくしているが」


「俺は、いつものフィーも、今みたいなフィーも、どっちも好きだよ」


「……ちょうしが戻ってきたようで何よりだ」



 ルカはなんとか持ち直したらしい。蕩けるような甘い笑顔を向けられて、フィオラは少し身体の力を抜いた。やはり無意識に気負っていたようだった。


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