第11話



 シズメキに入る前に連絡手段を持たされていたルカがローシェ魔法士長に連絡をとり、二人と捕縛者一名(リト)はシュターメイア王国へと戻った。



「無理をしたねぇ、クローチェ。これはしばらく身体に影響があるよ。魔法も使わない方がいいだろうね」


「自らの油断が招いた事態ですから、それくらいは仕方ないと思っています」


「外傷が治されていたのは不幸中の幸いと言うべきかな。でなければ、セト騎士団長がうるさかったろう」


「……そ、うでしょうか……」


「おや、記憶に障害でもあるかい? まさか前に君が小さくなった時の彼のあれこれを忘れてしまった?」



 にやにやと、答えがわかっているだろうに訊いてくるローシェ魔法士長に、フィオラはため息をつく。



「覚えていますよ。……その、認めるのは、自意識過剰のような気がして」


「そんなことないんじゃない? それとも――愛されていること、認めたくない?」


「……ローシェ魔法士長、その言い方は色々と誤解を招きます」


「誤解かな? 因縁があって、そう指示があったとはいえ、君を攫った魔法使いと一対一で相対することを決めたのはセト騎士団長自身だ。少なくとも、君を大切にしているのは間違いないと思わないかい?」


「…………」


「そこで黙るのが答えだね! ――君もいいかげん、腹を決めたらどうだい? ……僕と一緒にね」



 そんな会話を、身体の診察ついでにローシェ魔法士長と交わしたり。



「――『元・悪い魔法使い』に攫われて、洗脳もどきを受けて? セト騎士団長と大立ち回りを演じたそうですね。本当に、人騒がせな」


「……それに関しては私の不徳の限りだが。返事の前に部屋に入ってきて、第一声がそれか。何をしに来たんだ、サヴィーノ魔法士」



 自室での療養中、ベリト・サヴィーノ魔法士の訪いを受けたものの、彼が自発的に自分の元に来る理由がわからなくて、フィオラは疑問に思ったのだったが。



「知り合いが寝込んでいると聞いたら、見舞いにくるものでしょう」



 至極当然のようにそんな返答が返ってきて、拍子抜けする。



「……君に、そんな当たり前の社交性があったとは……」


「本音、漏れ出てますよ。私もいろいろありましたので、少し人との関わり方を考え直したんです」


「そうなのか……。そのわりに手ぶらのようだが」


「『その顔を見るだけで寿命が延びる』と有り難がられた私の顔が手土産ですが、なにか?」


「……いや。では有り難く拝ませてもらおう」



 相変わらずの芸術品のような美貌で、相変わらずの態度で――でもどこか少し何かがやわらかくなった気がするベリト・サヴィーノ魔法士が現れたり。



『クローチェさん、ジード・ガレッディです! お見舞いに来ました! 今大丈夫っすか?』


「ガレッディふくだんちょう? ああ、大丈夫だ」


 音を立てて部屋の扉が開く。その向こうにいたのは、名乗りのとおり、ジード・ガレッディ騎士団副団長だった。



「療養が必要だってセト騎士団長に聞いてたんで、心配してたんですよ~。見た感じ顔色よさそうで、安心しました! あ、これ見舞いの花と焼き菓子です」


「……真っ当な見舞いだ……」


「え?」


「いや、なんでもない。ありがとう。焼き菓子は正直有り難い」


「甘味切れてましたか? なら、ちょうどよかったっすね。花は活けときますね!」


「ああ、ありがとう。――その……、ルカはどうしてる?」


「……やっぱり、お二人、戻ってきてから会ってないんすね」



 神妙な顔になったガレッディ副団長に頷く。



「その……前みたいに世話を焼いてきてもおかしくないと思っていたんだが、会いに来る様子がなくて……私は一応療養中の身だし、先日のこともあって外出が制限されているから……」


「いや、おっかしーな~とは思ってたんですよ。セト騎士団長、ずーっと仕事してるし。最初にクローチェさんが小さくなった時みたいに休みをとるかと思ってたのに、『個人的なことで迷惑をかけたから』って言って休もうとしないし」


「そう、だったのか……」


「でも、毎日どんどん思い詰めたような顔になってって、それはそれで心配なんですよ~。クローチェさん、ちょっと連れ出して話してみてくれませんか?」


「それは、……そうだな。あれからちゃんと話ができていないし……。わかった。やってみよう」


「ありがとうございます! あ、でもクローチェさんの身体が第一なんで! 無理せず!」



 ガレッディ副団長の気遣いに、フィオラは苦笑する。



「――そろそろ、ベッドの上も飽きてきたところだったんだ。気にしなくていい」



 そうして、不在にしているローシェ魔法士長の代わりに医務室長に外出の許可を得、ルカを執務室から連れ出すことにしたのだが――。




(……なんだか、部屋の空気がどんよりしているな……)



 久しぶりのような気がする騎士団の執務室に足を踏み入れたフィオラは、そんな感想を抱いた。

 その原因は、考えるまでもない。

 執務机に座り、書類をてきぱきとさばいている騎士団長――ルカが、なんだか重苦しい雰囲気を発しているからだった。



「おい」


「……この案件はもう大丈夫か。それなら、こっちの件に手をつけて――」


「おい、ルカ」


「ああ、そろそろ書類仕事も限界かな……。新人訓練にでも混ぜてもらおうかな……」


「きこえてないのか、ルカ!」


「……えっ?」



 机に乗り出して、ぺしんと頭をはたくと、やっとルカはフィオラの方を見た。



「フィー……? 幻覚?」


「人を幻覚扱いするな。……おい、おまえ、なんで頬の傷治してないんだ」


「いや、これは戒めとして残そうと思って――、じゃなくて、え、現実?」


「現実だ。頬でもつねってやろうか?」


「ええ……?」


「ガレッディ副団長がおまえを心配していた。ほら、外の空気を吸いに行くぞ」



 机を迂回して、座るルカの腕をぐいぐいと引くと、ようやくルカはいろいろと観念したようだった。



「行く、行くよ……。うーん……やっぱり、俺は騎士団長失格だな……」



 その声がいやに真剣味を帯びていたので、フィオラは危機感を覚える。



(これは思ったより、重傷そうだな……)


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