第10話




 ころす。殺す。殺してやりたい。

 『ディゼット・ヴァレーリオ』――『黒の聖衣の魔法使い』は、究極的に自分には殺せないものだとしても――。



 ――その知識は、だれからのもの?



 だから、刺し違えても。この身に代えても。一矢報いる。



 ――それを為すのに、『誰か』が障害になるかもしれないと思った。それはいつ?



 どれだけ『ディゼット・ヴァレーリオ』がちょっかいをかけてきても、『悪い魔法使い』にはならないと誓って――でもそれが、揺らいで、だれかが、だれかが――



 ――『フィー』と、あの子のように呼んで、そうして我を取り戻した、あれはいつ?



 漠然と『悪い魔法使い』を憎んでいた。そうでないと立っていられなかったから。

 だけれど、すべての『悪い魔法使い』を憎むものではではないと、飲み込んだ。


 ――それは、どれだけの時間をかけて、どれだけの『魔法使い』たちと出会って?



 『悪い魔法使い』となってしまった子どもと、ただの『魔法使い』に戻ったなら、またともだちになると約束した。


 ――それは、いったいいつのことだった?



 『悪い魔法使い』の子どもと相対して、感情が揺らいだ自分を、誰かが、抱きしめて落ち着かせてくれた。


 ――フィオレではないあれは、誰だった?



『フィー……?』



 ――今、誰も呼ぶはずのない愛称を口にしたのは、だれ?



 あの子が、フィオレが流したのと、同じ赤を流しているのは――




* * *




「る、か……?」


「……! フィー! 俺のことがわかるのか!?」



 一度きつく閉じられたフィオラの目が開かれて――そこには赤ではなく、見慣れた彼女の色があって。

 そうしてその口から自分の名前が出たものだから、ルカは驚き、フィオラに駆け寄った。

 ふらつき、膝をついたフィオラの肩を支えて、その顔を覗き込む。フィオラは途切れ途切れに言葉を紡いだ。



「……わか、る。……っ、自分がおかしかったこと、も……、……あ、っ……」


「フィー? フィー? どこか痛いのか?」


「あたま、が……割れ、そう……だ……」


「……っ、リト!」



 フィオラの詳細な状態をわかるのはリトだけだと判断して声をあげたルカだったが、返ってきたのは、どこまでも感情の薄い呟きで。



「……ああ。やっぱり、僕は何をやってもうまくいかない」


「リト……?」



 瞬間、リトを中心に花開くように氷柱が現れて、そしてそのまま、目にも止まらぬ早さでルカとフィオラめがけて落下してくる。

 初めの一撃と違い、避けようがなかったそれを、今度はフィオラが魔法で消失させた。



「……ぅあ、っ……!」


「……無理をする。『世界の魔力を操る』方の魔法使いでも、たとえ代償が身を削るものでなくても――『魔法使いに成った』ばかりで、連続で魔力に接続することそのものが身体に負担を強いるのに」


「だれの、せいだと……!」


「僕のせい、だね」



 淡々と呟くように落とされた言葉とは裏腹に、再び氷柱が――先ほどよりももっと数を増やして出現する。



「ねえ、ルカ。殺されたくなかったら、僕を殺して。君はもしかしたら、自分は死んでもいいと思っているかもしれないけど――フィオラ・クローチェまで死なせたくはないだろう?」


「……っ」


「僕の目的は、君をこの国へ――僕の元へ呼ぶこと。そうして、終わらせてもらうこと。ねえ、だから――」


「……っ、ふざけるな!」



 その声が、予想していたのと違う、幼く高い声で紡がれたので、リトの言葉はそこで途切れた。――否、途切れさせられた。

 フィオラの放った魔法が、その意識を刈り取ったからだ。

 宙に浮くための魔法も途切れたため、落下してきた彼をルカがとっさに抱き留める。



「……ふん、手負いだと思って、ゆだんするからだ」


「フィー……」


「安心しろ。意識を失わせただけだ。追加で拘束魔法もかけるが――」


「でも、フィーの身体に負担が……」


「そんなこと言ってるばあいじゃないだろう。魔法で痛覚を遮断したから安心しろ」


「何一つ安心できない……」


「言っておくが、この状態で、リト=メルセラに明確な敵対行動をされたら、さすがに相手をしきる自信がないぞ、私は。今のは、この男がおまえのことしか見てなくて、ディーダ・ローシェ魔法士長考案の魔法があったからなんとかなったんだ」


「……なんか、その言い方はちょっと違う気が」


「違わない。こいつは徹頭徹尾、おまえしか見てなかったんだ、本当は。そうだろう?」



 フィオラが見上げながら訊ねると、ルカは何故か神妙な顔をした。と思ったらその頬が緩んだ。



「……小さいフィー、久しぶりだ……かわいい……」


「……おい。危険がなくなったとたん、ゆるみすぎだろう」


「だって、反動で……」


「そもそも、私をかわいいとかいうのがまちがいだからな。かわいげのなさには自信があるぞ」


「俺にとって、フィーはかわいいよ。すごくまもってあげたくなるし、ずっと愛でてたいし……」


「……それはこの姿限定だろうな」


「…………」


「おい、無言になるな」


「…………」


「……いや本当に、そこでむごんになられるとだいぶ微妙なんだが」



 脅威を取り除いたことで、気持ちが緩んだのはフィオラも同じで。

 しばらく二人は、そんなとりとめのない会話を続けたのだった。


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