第9話
「『ディゼット・ヴァレーリオ』……!」
絞り出すような声音で叫んだのが誰なのか認識する前に、ルカの身体は回避行動をとっていた。――すなわち、即座にフィオラから距離をとっていた。
高い身体能力と、シュターメイア王国の騎士に支給されるディーダ・ローシェ魔法士長謹製の魔法具の効果によって一瞬で背後に跳びすさったルカは、自分が何故その行動をとったのか、瞬間理解できなかった。
しかし、身体は向けられる殺気に反応してさらなる回避を行う。魔法によって行われる不可視の攻撃を、それでも紙一重で避けられたのは、ルカがシュターメイア王国の騎士として魔法使いとの戦い方を熟知していたからに他ならなかった。シュターメイア王国での日々がなければ、最初の攻撃で身体を真っ二つにされていただろう。
「フィオラ……?」
三度の不可視の斬撃を回避しきって、そこでやっと、ルカは自分を攻撃していたのがフィオラであったことを認識した。
だが、フィオラがルカを攻撃するということは平常ではありえない。ルカはその異常を引き起こしたのが誰か、すぐさま理解した。
「これはどういうことだ、リト!」
またもフィオラから放たれた魔法での攻撃を避けたルカは、宙に浮いたままルカをじっと見つめているリトを見上げ、怒鳴った。
そんなルカに、リトはことりと首を傾げる。
「どういうことも何も、わからない? ――彼女は君を『ディゼット・ヴァレーリオ』だと……彼女が心から討ちたいと願っている仇だと、認識しているんだよ」
「何故、そんなことを……!」
何度目かの攻撃を躱し損ねて、ルカの頬に斬撃がかする。しかしそれは身に着けていた魔法具の効果によって打ち消された。ルカはリトとフィオラの双方から距離をとる。
「フィーを正気に戻す方法はあるのか!?」
「……やっぱり、君は最初にそれを気にするんだね」
その声は予想していたことを確認するだけのものでありながら、どこか――かなしそうでも、うれしそうでもあった。
「彼女を正気に戻す方法は、あるよ」
「どうすればいい!?」
「……君と僕とは敵対しているのに、そんなに素直に訊くんだね。でも、ちゃんと教えてあげるよ。簡単だ――僕を、殺せばいい」
「……!?」
思わず驚愕も顕わにリトを見上げた瞬間、ルカは横薙ぎに吹っ飛ばされた。いわずもがな、フィオラの攻撃でだ。
「っ……!」
魔法具によって傷を負うことは避けられたものの、衝撃までは打ち消せない。苦痛に耐え息を詰めたルカは、しかしすぐに立ち上がり、再びリトを睨めつけた。
「――それ以外の方法は!」
「……本当に、君は甘い。そんなの、あるわけないだろう? ――ほら。早くしないと、彼女の
「……っ、なんだと!?」
「彼女の憎しみは、深く、強い。だけれど、普段はそれを理性で抑えつけている。その理性を無理やり剥ぎ取っている状態なんだ。長くは続かないってこと、わかるだろう? ――憎しみはね、こころを、壊すよ」
その声音は、とてもとても実感の籠もったもので――その理由を知っているから、知ってしまっているから、ルカに刺さる。
だけれど、その感傷を振り切って、ルカは叫んだ。
「フィーもっ、お前も! 俺は死なせたくなんてない‼」
「…………」
その叫びに、リトは一瞬、頬を緩めたけれど。
降るようなフィオラの攻撃を回避するのに意識を向けたルカは、それに気付かなかった。
「――君に、迷っている時間はない。憎しみに染め上げられた彼女の
リトの言うとおり、フィオラの顔は遠目にも真っ白で、なんらかの無理を身体に強いているのは間違いなかった。
(『善い魔法使い』は代償を自分に課す――フィオラの代償は基本的に身に負担をかけないものだと思っていたが、違ったのか?)
疑問に思うルカだったが、悠長に考えている間はない。
最初の一撃以外、こちらに攻撃する気配のないリトを視界の片隅に見遣り、奥歯を噛みしめる。
(リトは俺に、殺されたがっている)
それはずっと――そう、ずっと、ルカがこの国を出る前から、国が壊滅状態になる前から、わかっていたことだった。
だけれどルカは、それが為せなくて、為せなかったからこそ、国を出た。放浪し、シュターメイア国の噂を聞き、そこへ向かった。
シズメキを滅ぼした『悪い魔法使い』が憎くはないかと言われたら、憎い。憎かった。
けれどそれは、リトが憎いのとはイコールではなく。
積み重ねた情が、知ってしまった事情が、ルカを迷わせて、迷わせて――結論が出せないまま、ルカは逃げた。逃げたのだ。この国から。リトから。
そうして因果が巡って、ルカのみならず、フィオラにまで累を及ぼしている。
覚悟を決めなければいけない時が来たのだと、頭ではわかっている。けれど感情は、どちらも失いたくないのだと叫ぶ。
(どう、すれば――)
その迷いが、躱せるはずの攻撃を躱せなくさせて、再び頬に斬撃がかする。
既に攻撃を打ち消す魔法具の効果は切れてしまっていて、その攻撃はルカの頬に一筋の赤を残した。ぱっと散った赤が、白の世界を汚す。
「……っ、う……」
すると、ただひたすら、憎悪に塗れた視線でルカを攻撃し続けていたフィオラに変化があった。ふらりとよろめき、頭痛をこらえるように頭を抱える。
「フィー……?」
先ほどまで攻撃されていたことも忘れて、フィオラの身を案じて近づこうとしたルカがその名を口にすると、フィオラは泣きそうに顔を歪めた。
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