第7話
『だいじょうぶ、だいじょうぶだ、フィー』
『生きてかえれる。生きてかえす。きっと、きっと、おまえだけは――』
いやだ、いやだそんなの、自分だけが助かる道なんて、そんなのは絶対に。
だけどひたすら『痛み』を搾取された後のフィオラは意識がもうろうとしていて、唇をかすかに動かして、薄く吐息をこぼすだけで精一杯だった。
それを見たフィオレはぐっと唇を噛みしめて、涙をこぼしながらフィオラの手を握って、自分だって『痛み』に喘いでいたのに、微笑んで。
『――――』
それから、それから――。
* * *
「…………、っ」
ディーダ・ローシェ魔法士長に転移魔法を使ってもらって故郷の地――滅びた国・シズメキに降り立ったルカは、かつて去ったときと変わらない、雪に覆われきった故郷の姿を目にして、息をのんだ。何も――何も変わらないその景色に、足下がふらついて、雪の上に膝をつく。
ルカの傍には誰もいない。『余人を連れてきた場合はフィオラ・クローチェの安全は保障しない』とのことだったから、ルカ一人だけが送り込まれた。
だからこそ、ルカは衝動を取り繕わずに、雪が降り積もる地面を感情のままに殴った。
「そんなにも、この国が憎かったのか、リト……!」
未だ降り続ける雪が、彼の憎しみの深さを示しているように思えて、ルカは目眩がした。
(――落ち着け。感情的になっても事態は好転しない。俺の目的はフィーを取り戻すこと、それだけだ)
ディーダ・ローシェ魔術士長の見立てによれば、リトは今は『悪い魔法使い』ではなくなっているということだったが、それでもここには雪が降り続けている。
もしかしたらまた『悪い魔法使い』になって、フィオラに代償を課しているのではないか――そんな思考も頭を掠める。
それを振り払って、一面雪に覆われた景色に視線を巡らせた。
(二人は、どこにいる)
ルカに宛てられた文の内容からして、少なくともルカがここに辿り着くまではフィオラの無事は保証されていると考えていいだろう。
であれば、可能性があるのは――。
(やはり、王宮か……?)
リトは王宮に住んでいた。知り尽くした場所をあえて捨てて、他の場所を選ぶとは思えない。
――リトによって王宮は真っ先に機能が停止した。何もかもが停止した。だからこそ、リトの心一つでどうとでも使える場所だろう。
そう考え、遠目に見える王宮へと向かおうと足を踏み出した瞬間――。
「――来たんだね、ルカ」
かつて、とてもとても聞き慣れていた声が、した。
「……っ、リト!!」
忽然と空中に現れた彼に視線を向ければ、その腕の中に幼い姿のフィオラがいるのも目に入った。どうやら眠っているようだが――。
「フィー……フィオラに、何もしていないだろうな」
「最初に口にするのがそれという時点で、君がよっぽどこの子を気に入っているのがわかるね。……知っていたけど」
ぽつりと呟くように言って、リトはルカを感情の読めない瞳で見つめる。
「何もしてない、とは言えない」
その言葉にリトを鋭く睨めつけるのと同時、リトが淡々と言葉を続けた。
「抱っこした。ちょっと複雑な顔してたけど。ケーキを『あーん』した。食べてくれなかったけど。ケガも治した。昔のルカと同じように眠っちゃったけど」
予想していたのとはほど遠い内容がつらつらと並べられ、ルカは面食らう。
「……そういうのでは、なく……。フィオラが幼い姿なのは、お前が何かしたわけじゃないんだな?」
「そうだよ。この子を攫うときに、この子の魔法が暴発しただけ。面白い代償だし、面白い事象だね。こんな関わり方でなかったら、研究してみたかったな」
(そうだ、リトは、フィオラを『攫った』んだ)
リトが当たり前のように口にした事実に、ルカは現状を再確認する。
リトの言葉と雰囲気に、少しだけ気が緩みかけていた。あまりにもリトが、変わっていなかったから。
「……どうしてフィオラを攫い、俺にここに来るように示した?」
「来てほしかったから。……ただここに来るように示しても、きっと君は来なかったから。それから――」
リトが目を伏せる。そうして、フィオラをルカの方へと放り投げた。
「……ッ!」
魔法でだろう、普通に放り投げられるよりはゆるやかな速度でフィオラが落ちてくる。落下地点に滑り込んだルカは、しっかりとフィオラを受け止めて、浅く息を吐いた。
「――終わらせて、ほしかったからだよ。ルカ」
ハッと視線を上げると、リトの周りに氷柱がいくつも浮かんでいた。
それらは予備動作なく、ルカをめがけて落ちてくる。
フィオラを抱えたままとっさに回避の行動をとったルカは、先ほどまでいた場所に突き刺さった氷柱を見て、ギリ、と歯を食い縛った。
『見て、見て、ルカ。氷に光が溶けて、きれいだよ。……きれい、だよね?』
そんな言葉と共に披露された魔法が、今こうしてルカを攻撃することに使われている。
――否。ルカが知らなかっただけで、ずっとこういうふうに使われていたのだろうか。
「――っ、フィーは関係ないだろう! 巻き込むな!」
「……今更だと思うけどな。君がその子を心に住まわせた。だから今、利用されている」
淡々と告げられた言葉に、フィオラがただ眠っているのではない可能性に思い至って、ルカは抱え込んだフィオラの顔を覗き込んだ。
……フィオラはいつの間にか目を開いていた。ただ――その瞳の色が。
真っ赤に、染まっていた。
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