第5話




「そうだよ。よくわかったね」


「ふつう、わかるだろう。おまえは私に何かをさせるためにさらったように見えない。そしてルカの同郷の者だと口にした。そこに意味がないとは思えない。なら、ルカが目的だと考えた方がしっくりくる。……ルカをここに来させるために、私をさらったのか?」


「そうでもあるし、他の理由もある。……僕はね、君と話してみたかったんだ」


「……?」



 予想外の言葉に、フィオラは続く言葉を待った。

 リトは少し言葉を迷うようにしながら、続ける。



「ルカが大事にしている君に興味があった。ディゼット・ヴァレーリオが見せてくれた映像で、君はルカにとても大切にされていたから」


「映像……?」


「君は君の魔法の代償で小さくなったことがあっただろう――今みたいに。そのときのものだよ」


(そんなものまで……)



 ディゼット・ヴァレーリオ自身によってか、その協力者によってかはわからないが、シュターメイア王国の中で起こったことも筒抜けだということだ。

 シュターメイア王国の防備について考えが逸れそうになったところで、フィオラはふと自身に起こった変化を思い出した。



「……私の目の色が変わったのは、おまえの仕業か?」



 それが何をもたらすものなのかわからないので、自然と声にも緊張をはらむ。



「うん。君には『呪』をかけさせてもらった」 


「『呪』……?」



 聞き慣れない響きに眉根を寄せる。リトはフィオラのその反応に、「ああ、そっか。シズメキ出身じゃない君にはこれじゃ伝わらないよね」と言い直した。



「呪い。呪。祝福とは逆のもの。君の行動に制限をかけた。逃げられても、邪魔をされても困るからね」


「つまり、魔法ということか……?」



 他人に害を為す魔法自体は、『善い魔法使い』であろうが使うことができる。

 それゆえの問いだったのだが、リトはなぜか少し首を傾げた。



「――魔法でもあるし、ある意味では少し違うとも言える。なんと言えばいいのかな……シズメキ独自の宗教……土着信仰とでも言えばいいかな、それと魔法が組み合わさっている、らしい」


「……らしい?」


「僕はこれをふつうの魔法の使い方だと思っていた。だけど、ディゼット・ヴァレーリオにそう言われた」


(また、ディゼット・ヴァレーリオか……)



 『黒の聖衣の魔法使い』――ディゼット・ヴァレーリオ。その『悪い魔法使い』と、リトはずいぶん近しいように思えた。



「――ディゼット・ヴァレーリオは、ここにいないのか」


「いない。彼が僕を利用してやりたかったことは終わったから、もう僕に関わってくるつもりはないだろう。そもそも普段、彼はこの位相にいないらしいし」


「……位相?」



 またオウム返ししてしまった。したくなるような言葉をリトが発するのがいけない。



「僕も詳しく聞いたわけじゃない。ただ、ディゼット・ヴァレーリオがこの位相……『この世界』と言った方が伝わるかな――には普段いないことだけは聞いた。だから彼は、あんなにも神出鬼没なのだと」


(世界……)



 この、フィオラが生きている世界以外にも世界がある。それは広くは知られていない。知る必要もない者が大半だからだ。

 けれどフィオラは知っていた。それはディーダ・ローシェ魔法士長から聞いたことがあるからだ。



『ディゼット・ヴァレーリオは厄災だ。この世界に降ってわいた悪意の塊。僕はそれによる影響を抑えるためにここに来た異邦人なんだよ』



 かつてそう語ったローシェ魔法士長を思い返す。

 ローシェ魔法士長が異邦人であるということについては知っている人は知っている。少なくとも上層部であれば把握している事柄だ。

 上層部でも何でもないフィオラが知っているのは、ローシェ魔法士長から直接聞いたからで、ローシェ魔法士長がフィオラに話したのは、ディゼット・ヴァレーリオへの憎しみを募らすフィオラが無謀なことをしないためにだった。



『こう言うのは傲慢にも聞こえるだろうし、言ったところで君の憎しみが、激情がおさまるわけがないのもわかっている。でも、むざむざ『悪い魔法使い』を増やしたり、若い魔法使いを死なせる可能性を放置もできない。だから、わかれとは言わないよ。ただ、覚えておいて。あれ・・は――ディゼットは僕の獲物だ。究極的には僕にしか討てない・・・・・・・・者なんだよ』



 それを告げるローシェ魔法士長は、普段のふざけた態度がなりを潜めた、とても真剣な様相で――だからフィオラも、わかりたくはなかったけれど、理解してしまったのだ。自分には、喪った片割れの敵は討てないと。

 それでも忘れられない、消えるはずがない激情がこの身にあるから、ディゼット・ヴァレーリオに一矢報いたい。それができるのなら、この身に代えてでも――。きっと片割れは、フィオレは怒るだろうけれど。



(……ルカも、怒るだろうか。止めるだろうか)



 自分を何くれとなく気遣ってくれる親友を想う。



『フィーの意思を尊重するつもりではいるけど……状況による、と思う』



 いつか、フィオラのことを恋人よりも優先すると言ったルカに、「その『優先する』というのは自分の行動を妨げるようなことになるか?」と問うたとき、ルカはそう返してきた。

 フィオラはルカの考えがよくわからない。フィオラのことをあんなにも好いてくれている――さすがにその自覚はある――ことについても、一応理由は聞いたが腑に落ちたかといえば別だ。

 だから、もしその機会が――ディゼット・ヴァレーリオに一矢報いる機会がきたときに、ルカはどんな反応をするのかわからない。ルカもディゼット・ヴァレーリオに思うところはあるだろうから、協力してくれるかもしれないし、そうではないかもしれない。

 ただ、……そのどちらであってもいいような気がするのが問題といえば問題だった。



(『私の行動を妨げるかもしれない』ということだけ、わかっていればいい、心積りをしておけばいいと思っていたのにな……)



 いつの間にかフィオラの中で、ルカの存在は随分と好ましいものに変わっていた。ルカに親愛を抱いていると、彼を親友だと認めたときからわかっていたことではあるが。



(だからといって、覚悟が、想いが鈍ることはないが)



 フィオラは二度、ディゼット・ヴァレーリオに相対している。三度目がないとは言い切れない。リトはもうディゼット・ヴァレーリオが関わってくることはないだろうと言ったが、何が起こるかはわからない。


 そのリトは、思考に沈んだフィオラに何を思ったのか、「お腹空いてる?」と訊ねてきた。



「いや、別に……」


「君は甘いものが好きなんだよね。ルカと一緒に食べているところを見たから知ってる。だから用意しておいたんだよ。この地方独自の甘味だから口に合うかはわからないけど――」


「いやだから、別に空腹では――」


「甘いものと一口に言ってもいろいろあるから、たくさん用意したんだよ。きみの好みのものがあればいいけど」


「だから、人の話を聞け!」


 そうして結局、甘いものをこれでもかと並べられ、「あーん」までされそうになるフィオラだったが、なんとかそれは回避したのだった。

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