第4話



「はい、到着」



 連れてこられたのは、温室のような場所だった。

 ガラス張りのそこからは、外の様子が見えたが――。



(真っ白だ……)



 何も。何も見えないほどに、外を雪が覆い尽くしていた。



「建物の中は息が詰まる。嫌な記憶もあるしね。ここも建物の中だけど、空が見えるだけマシだから」



 そう言われて上を仰ぎ見たが、当たり前のように曇天だった。あまり開放感はないように思うが、まあそこは人それぞれの感性だろう。


 温室の中に、丸テーブルがあった。それを囲むように置かれた椅子の一つにフィオラを降ろし、リトはその向かいに座って口を開いた。



「さて、さっきの質問に答えようか。――僕の目的について」


「……こみいった話だと言っていたな」


「そうだね。一言で言えはするけど、それだと君には理解できないだろう。だから前提から話すよ。……さっき、ここはどこだと訊かれて、もう滅んだ国だと言ったよね。その滅んだ国の名はシズメキっていう」


「シズメキ……」



 聞き覚えのない国名だった。馴染みのない響きでもある。現在地がシュターメイア王国周辺ではないことだけはわかったが、まだ情報が足りない。



「その様子だと、名前は聞いたことがないみたいだね。僕とルカ――ルカ=セトの祖国だよ」


「……っ」



 驚きの声を、呑み込むのが精一杯だった。



(色彩が似ているとは思っていたが――本当にルカの関係者だったのか)



 言われたとおり、シズメキという国の名は、ルカから聞いたことはなかった。ただ、祖国が『悪い魔法使い』に滅ぼされたと聞いたことはあった。



「シズメキは僕が滅ぼした。瓦解させたという方が正しいかもしれないけど。中枢を担う人物がいなくなって、国中が住めない環境になれば、国の根幹たる民は散り散りになるからね」


「――住めない環境、というのは……雪のせいか?」


「そうだよ。察しが良いね。これは溶けない雪。僕がいる限り降り続ける雪。魔法による雪だから、『覆い尽くす』以上には積もらないけどね」


「…………」


(……国中に影響を与えるような魔法を、自身の『代償』だけではまかなえないはずだ。おそらく、ルカが以前言っていた『悪い魔法使い』になった知り合いというのがリトだろうと思うが――それならなぜ、シュターメイアの宿舎に入れたんだ?)



 魔法使いの宿舎を始めとする、シュターメイア王国の重要な施設は、ローシェ魔法士長の結界により、『悪い魔法使い』が入れないようになっているはずだ。結界に不具合が発生したのならともかく、そうでないのならリトは『悪い魔法使い』ではないということになる。

 魔法使い同士が相対したところで、相手が『悪い魔法使い』かどうかというのはわからないので何とも言えないが、リトの話しぶりからして、彼が『悪い魔法使い』として魔法を使ったのは間違いないように思えた。


(……こうして考えても仕方ないか)



 どうせ答えは相手しか持っていないのだ。直球で訊いてしまうことにする。



「おまえは『悪い魔法使い』なのか?」


「君はどう思う?」


「…………」



 それがはぐらかす目的で返された言葉ではないと、直感でわかってしまったから、フィオラは慎重に言葉を選ぶ。



「状況からはそうではないはずだと判断できるが、お前の言っている内容からは『悪い魔法使い』であるはずだという印象を受ける」


「正しいね。僕は昔、『悪い魔法使い』になった。でも今はそうじゃない――そう言えば現状が正しく伝わるかな?」


「それ、は……」



 絶句する。

 それはまさしく――。



(ローシェ魔法士長が確立したばかりの……)



 『悪い魔法使い』を『善い魔法使い』――つまり『代償を自身のみに課す魔法使い』に戻す、その方法。

 それについて、フィオラは詳しくはない。それができるようになった、ということだけ知っている。

 だが、その被験者になった『悪い魔法使い』は把握している。リトとは面識がなかったとおり、その対象ではない。――少なくとも、ローシェ魔法士長の元で『悪い魔法使い』から『善い魔法使い』になった者ではない。


 そこから導き出されるのは、ローシェ魔法士長の他にそれを成せる者が現れたということだが、ローシェ魔法士長ほどに『魔法使い』について造詣が深い人物というと限られる。

 フィオラは慎重に、問いを口にした。



「……おまえは、ディゼット・ヴァレーリオの関係者なのか?」


「『悪い魔法使い』はある意味全員、そうだと言えると思うけど――そういう意味で問うたのではないのはわかっているから、はぐらかすのはやめておくよ。……そうだよ、僕はディゼット・ヴァレーリオの手によって、『悪い魔法使い』から『ただの魔法使い』になった者だ」


「……!」



 半ば確信していたとはいえ、こうもあっさりと肯定されると驚きが勝る。

 そんなフィオラを感情の薄い瞳で見つめて、リトは言葉を続けた。



「僕の目的のためには、君に近づく必要があった。ディゼット・ヴァレーリオは、シュターメイア王国――というよりは、ディーダ・ローシェを挑発したかった。利害が一致したから、僕は彼の被験体になって、『ただの魔法使い』に戻って、シュターメイア王国を訪れた。まさかあんなに簡単に君に接触できるとは思わなかったけど」


 ――『悪い魔法使い』が入れない結界。シュターメイア王国は、ある意味ではそれに頼りすぎていたのだと、フィオラは苦い気持ちを抱えて思考する。ローシェ魔法士長の結界の中に入れる人物というだけで、フィオラは見知らぬ相手に訝りながらも、さしたる警戒もせずに接してしまったのだ。そして拘束され、意識を失わされ、ここに連れてこられてしまった。


 結界の中にいる人間が善人ばかりではないことは、知っていたのに。



(学習しないな、私は……。二度も攫われてしまうし)



 不本意ながら攫われるのは二度目だ。一度目は、ディゼット・ヴァレーリオによって唆された人間が、フィオラの存在を邪魔に思い、攫ったのだが――そういえばあのときもルカ絡みだったな、と思い出す。

 リトがルカの名前を出したのは、ただ同郷であるというだけの話ではないだろう。そう考え、再び問いを口にする。



「――おまえの目的は、ルカなのか?」



 その問いに、リトは薄氷色の瞳をぱちりと瞬いて、頷いた。

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