薔薇とケーキと



「フィー、これ、おみやげ」


「……こっちは箱からして甘味だろうが、薔薇? 一体どうしたんだ」


「中身はケーキなんだけど、それ買ったところの近くの花屋さんが薔薇大量入荷してて。綺麗だったから買ってきた。フィーの部屋、殺風景だから花とかあってもいいかなって」


「殺風景についてはお前に言われたくはないが……。まあ、ありがたくもらっておく。ケーキの方はどうせお前も食べるつもりで買ってきたんだろう?」



 ご名答、とルカが満面の笑みで頷いたので、フィオラは少し呆れつつ、ルカに椅子を勧めた。

 もっぱらこの友人が来るときにばかり消費される、これまたこの友人がいつだかに持って来た茶葉を使ってお茶を淹れる。



「ケーキ、新作が出てたからそれにしてみたんだ。フィー、食べ物の好き嫌いはなかったよね?」


「ああ。お前もだろう」


「二種類あったからどっちも買ってきたよ。半分こしよう」



 この歳の男が友人と『ケーキを半分こ』するのは普通なのだろうかとちょっとばかり疑問に思ったが、まあルカだからな……と思考を放棄した。

 さすがにフィオラもこの歳となると友人間での『半分こ』は気恥ずかしい気がするが、よく考えるとフィオラが子どもの姿になった事件以降、食事に関しては似たようなことをわりとやっていることに気づいてしまったからだ。

 子どもの姿になって以降、ルカとの距離感がちょっとおかしくなってないか? という疑問も湧き上がったが、とりあえずなかったことにする。掘り下げてもろくなことにならなそうだったので。



「一つは季節の果物のタルトで、もう一つはチョコレートのケーキだよ。どっちもつやつやしておいしそうだったんだ」


「そうか」


「ところでフィーの部屋花瓶あったよね? 俺が前にあげたやつ」


「ああ、お前が花を大量にプレゼントされて、それを知り合いにおすそ分けしてた時のやつがな」


「あの時は大変だった……。じゃなくて、どこにしまってる? 俺が飾っておくよ」


「それなら──」



 記憶を辿り花瓶の在処を伝えると、ルカは楽し気に花を飾り始めた。鼻歌まで歌って、やたらと機嫌がよさそうだったので、フィオラは内心首を傾げる。



「……なんだか妙に機嫌がいいな。何かあったのか?」


「え? そうかな。自覚はなかったけど……」



 確かにルカはフィオラのところに来るときは大抵こんなもののような気もする。

 フィオラはそれ以上追及はせずに、淹れたお茶をルカと自分の席の前に置いた。



「ありがとう。花も綺麗に飾れたし、ケーキ食べようか。……ちなみに今日はちゃんと夕飯食べたよね?」


「最近はお前がうるさいからな。一応食べた」


「一応ってところがちょっと気になるけど……まあいいや。はい、これフィーの分」



 面倒さが勝って保存食を少し齧っただけだというのは心にしまっておき、ルカが手ずから半分にしたケーキを受け取る。

 その拍子にルカが窓際に飾った薔薇が目に入り、言葉が滑り落ちた。



「……綺麗だな」


「うん。本当に綺麗だよね、このケーキ。職人さんってすごいよね」



 ケーキに対しての賞賛だと思ったらしいルカの相槌に、訂正するほどではないかと、「そうだな」とだけ返す。


 他愛ない話をしながら、季節の果物のタルトも、新作のチョコレートケーキも堪能し、お茶で一息をつく。

 その際にまたルカとその背後の薔薇が目に入り、なんとはなしにその本数を数えた。



(13本とは、また半端な数字な気がするが……)



 何か意味があるのだろうか、と思いつつ、ルカの話す内容に相槌を打つ。

 基本的に職場と自室との往復しかしない生活なので、ルカからもたらされる情報には助かっている面もあるのだ。本人には言わないが。



(言ったら、もっと張り切っていろいろと情報収集を始めそうな気もするし……)



 そしてそれが何らかのトラブルの元になりかねない気がする。

 自分も、自分の周りにも、できるだけ平穏な日常が流れてほしいと思っているので、ルカの身の回りに何事か起こる火種を作る原因にはなりたくない。そう考えること自体が、ちょっと自意識過剰かもしれないとは思いつつ。


 諸々の事件で休暇をとった自分はともかく、ガレッディ副団長がなかなか休暇を取らないので困ってる、と愚痴るルカのカップが空になりそうなのを見てとって、追加のお茶を淹れるためにフィオラはポットを手に取ったのだった。




+ + + + + +


薔薇の本数は、ルカの願掛けだったり。

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