本編3

プロローグ

「はい、あーん」


「…………」


「これは好みじゃなかった? じゃあこっちは?」


「……好みの問題じゃない」


「じゃあ何の問題?」


「そもそも、おまえと私で、『あーん』が成り立つと思ったのか?」



 そう訊ねると、眼鏡の向こうの、ルカとよく似た薄い氷のような色の瞳が丸くなった。



「だって、ルカとはやっていたじゃないか」


「ルカとやっていたからといって、どうしておまえと私で成り立つと……、そもそも、ルカとやったのだって稀だ。不可抗力だ」


「照れてる……恥ずかしがってる? かわいいね」


「おまえ、私の本来の姿を忘れてるんじゃないだろうな」


「忘れてないよ。あの姿だったらもうちょっと扱いを変えないといけなかったな、とは思ってるけど」


「中身は一緒なんだ。ぜひその別の扱いにしてもらいたいものだが」


「それでいいの? もっと自由を奪って、逃げ出せないようにいくつも呪をかけることになるけど」


「…………」


 熟考する。少しの逡巡ののち、フィオラは絞り出すような声で言った。


「……今のままでいい」


「子ども扱いで?」


「無力な人間扱い、だ」


「君の代償も、その結果も、面白いね。こんな状況じゃなかったら研究してみたかったな」


「……そうか」



 全て雪に埋もれた、かつて国だった場所で。

 誘拐犯とその被害者は、テーブルを挟んで向かい合って、そんな会話を交わしていた。


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