ある日の風景・2
「フィー、疲れたよ……」
そんなことを言いながらルカが研究室にやってきたので、フィオラは半眼になった。
「疲れたなら自室に帰って休めばいいだろう。なんでここに来るんだ」
「それはもちろん、フィーの顔を見る方が元気が出るからだよ」
「…………そうか」
つっこみたかったが、フィオラは堪えた。つっこんだらさらにつっこみどころ満載の台詞が返ってきそうだったからだ。
「珍しく正装しているが、何か式典でもあったか?」
「式典じゃなくて、他国の王族の出迎えにあたって正装させられて……もう肩が凝って肩が凝って」
「なるほど」
頷きながら、フィオラは正装したルカをまじまじと眺めた。
『氷の美貌の騎士様』とかいうちょっと恥ずかしい通り名に恥じない美々しさだ。きらきらしている。
物理的にも心理的にも眩しい気がするな、と思いながら、もっぱらルカが来た時にだけ使われる来客用の椅子に寄りかかったルカに、「寄りかかるくらいなら座れ」と告げた。
「疲れているんだろう。茶くらい出す」
「……いいの?」
「そっちの執務室に顔を出す時は茶菓子付きでもてなされるからな。少しは返す」
とはいえフィオラが好き好んで顔を出しているのではなく、ルカに請われてのことなのでそう気にする必要はないのかもしれないが、もらうばかりなのはやはり座りが悪い。
「俺が頼んで来てもらってるんだから気にしなくていいのに……」
ルカもそう言ったが、だからといって。
「……疲れている様子の友人に茶すら出さず席に座ることも許さず、なんて真似ができるか」
「……フィー……!」
普通のことを言ったまでだというのに、ルカが感動のまなざしで見つめてきたので、フィオラは少々居心地が悪くなった。
(私は日頃、こんなことで感動されるような扱いをルカにしていただろうか……)
ちょっとばかりわが身を振り返ったが、どちらかというとルカが感動屋なだけな気もする。
いそいそと椅子に腰かけたルカを横目に茶の用意していると、思わず漏れたというふうな溜息が聞こえた。
「……王族の出迎えだけだったんだろう? そんなに疲れるものか?」
「……いや、その……お迎えした中に年若い王女様がいて……」
歯切れ悪く告げられたその内容で、フィオラは大体のことを察した。
「言い寄られでもしたか?」
「滞在中の専属護衛になってほしいって言われて……断るのが大変だったんだ」
「断ったのか?」
よくわからないが、栄誉なことなんじゃないだろうかと思ってそう言うと、ルカは遠い目になった。
「前、同じように滞在中の護衛をしたら引き抜きに遭いかけたから、最初から断ることにしてる……」
「…………そうか」
顔のいい人間は大変だな、と思うフィオラ。
そうしているうちに茶の用意ができたので、自分の分と合わせて机に運ぶ。
「一緒に飲んでくれるの?」
途端、嬉しそうな顔になるルカに、呆れの目を向ける。
「前、お前の分だけ淹れたら、『一人で飲むのさみしい』とか駄々こねただろう」
子どもか、と思うが、この友人が(あまり認めたくないがフィオラ限定で)甘えたがりなのは今更だ。
「研究もちょうど区切りがよかったしな。飲んだら自分の部屋に戻って休めよ」
「えっ……フィーを眺めてフィーを補充したい」
「なんだそれは。そんなきらきらしい衣装を来た人間がいると集中できないから却下だ」
「……じゃあ、着替えてきたらいてもいい?」
ダメだ、と言うのは簡単だったが、そう言うルカがあんまりにも縋るような目で見てくるので、フィオラは折れた。
「……邪魔はするなよ」
「……! ありがとう! 全力で気配を消すから!」
「それはそれで気になるから普通にしていてくれ……」
絶対に部屋にいるのはわかっているのに気配だけが消える方が気になる。
「うん、わかった!」と大真面目に頷くルカに、早まったか……?と思ったものの、喜色満面の様子に毒気を抜かれて、まあいいか、と思いなおしたのだった。
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