第26話
『あーあ、ゲームオーバーだ。……いや、君にとってはゲームクリアかな。揺らぎがあっても、やっぱり最終的に選ぶ選択肢は変わらないということか。つまらない。いや、面白い。少しつつけば『悪い魔法使い』になる者も、そうならない者も、等しく僕には面白い。興味深い。……呪いの残滓の『僕』は消えるけれど、本体の僕はますます君に興味を抱くだろう。君の悲劇の原因の『悪い魔法使い』を生み出した僕を憎み、けれど『悪い魔法使い』すべてを憎むことはしない選択をした君を。――君の憎しみが、いつか僕を刺す日を待っているよ』
* * *
見た夢を、今度は覚えていなかった。
代わりに、たくさんの記憶がごちゃごちゃに再生されるような心地がして、目を覚ましたばかりなのに一瞬眩暈を覚える。
「フィー? 目が覚めた?」
声に反応して視線を動かすと、ベッド脇に見慣れた親友がいた。
「ルカ……」
「突然気を失ったからびっくりしたよ。とりあえず部屋に運んだんだけど……気分はどう?」
問いを耳にしながら、ぱちぱちと目を瞬かせ、視界に異常がないことを確かめて、体を起こす。
「いや……だいじょうぶだ」
一方ルカは、起き上がったフィオラをまじまじと見つめて、首を傾げた。
「フィー……なんだか、雰囲気変わった?」
「記憶がもどったからな」
「……えっ」
ぽかんと口を開けたルカに、美形はどんな顔をしても美形だな、なんて呑気な感想を抱くフィオラ。
「……記憶が戻ったって、全部?」
「ああ」
「『呪い』も、解けた?」
「おそらくな。元の姿にもどれるという感覚がある」
聞いてなお、ルカはしばらくぽかんとした表情だったが、しばらくして、おろおろと視線を彷徨わせた。意味もなく手もわたわたと動いている。
「おめでとう? よかったね? こういう時なんて言うのが正しいんだろう」
「変なところを気にするな」
「だって……」
迷うようなしぐさのあと、ルカはフィオラの手を取って、額に当て、しみじみと呟く。
「よかった……」
その声が少し湿っていたので、それほどまでに心配をかけていたのかとフィオラは申し訳なくなる。『呪い』をかけられ、記憶を失っていた間、そういう素振りを見せなかったのは、フィオラを気遣っていたからなのだろう。
「お前がいろいろと世話をしてくれたのもおぼえている。……ありがとう」
「俺は、何も……」
「いや、ローシェ魔法士長の言っていたとおり、お前がいなければ『呪い』をとく条件はみたせなかっただろう。……かんしゃしている」
ぎゅっと、フィオラの手を掴む力が強くなる。フィオラは苦笑した。
「……私が『悪い魔法使いには絶対にならない』ときめたのは、じっさいはもっと後のことだった。お前とであう少し前か。それくらいかけて、やっとげんじつを飲み込んで、心に決めた」
「そうだったんだ……」
「記憶のなかった私が『悪い魔法使いに絶対ならない』と決めたのは、お前がいたからだ。お前はいわばおんじんだな」
「俺はフィーがそう考えるようにとか、誘導できた気はしないんだけど……」
「それが逆によかったんじゃないか? ……記憶をうしなう前の私と、同じけつろんに至ったようだから」
順番は違うが、この人の信頼は裏切れないと、そう考えるようになったのは同じだ。
以前の自分は『悪い魔法使いには絶対にならない』と決めるのが先だったけれど、それくらいは些末な違いだろう。
「よくわからないけど、役に立てたのならよかった」
やっと、ルカが笑顔を見せた。それに思っていたよりほっとする自分に、『呪い』を受けていた間の自分に引きずられているのかもな、と思う。
記憶のなかった間の自分は、ずいぶんとルカに親しみを感じていたようだった。今の自分とは異なる経緯で、異なる感情だったけれど――たぶん、庇護してくれている、優しくしてくれる相手という意識が大半を占めていたけれど。
「ローシェ魔法士長にほうこくに行くか」
「大丈夫? もう少し休んでいた方がいいんじゃ……」
「大丈夫だ。早く元の体にももどりたいしな」
「…………」
「ルカ?」
フィオラが疑問を込めて名を呼ぶと、ルカは困ったように笑った。
「いや、……そう聞くと、なんだか名残惜しいなって……」
「なごりおしいって、お前な……」
「でも、元の姿のフィーも恋しいから、俺も早く戻ってほしいかな」
「…………」
そういうことを素面で言うから、この親友はタチが悪いと思う。
でも、これが懐かしいと感じる自分がいるのも確かだ。
(記憶がなかったのは一ヵ月にも満たない間なのに、不思議なものだな……)
記憶がない間のルカは、フィオラへの対応も少し違っていた気がするので、そのせいかもしれない。ちょっとアレな言動はあったが、控えめだった気がする。
「とりあえず、行くか」
「じゃあ、最後に運ばせて。せっかくだから」
「何が『せっかく』なのかさっぱりなんだが……」
「だって、これでしばらくはこの姿のフィーとはお別れだろう?」
「しばらくというか、そうそうこの姿にならないといけないことは起こらないと思うが」
「だから、最後の思い出に」
にっこりにこにこ。調子を取り戻したルカの笑みの圧に、フィオラは屈した。
世話になっていた、という意識があったのも敗因だろう。仕事としてフィオラと過ごしていたとはいえ、通常の騎士団の仕事を休ませていたのに変わりはないのだ。
そうしてルカに運ばれてローシェ魔法士長に『呪い』が解けたと報告し、念のためローシェ魔法士長に確認もしてもらって、ようやくフィオラは元の体に戻った。
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