第24話
当たり散らすとまではいかなくても、冷静さを欠く可能性はある。
そう考えて、フィオラはアルドと会うのにルカについてきてもらうことにした。ルカは「俺でいいの?」と言っていたが、逆にルカ以外に誰についてきてもらうというのだろう。あとはローシェ魔法士長くらいしか思いつかないが、さすがに魔法士長を個人の事情に付き合わせるふてぶてしさはフィオラにはない。……ルカも騎士団長だが、今はフィオラと共にいることが仕事らしいのでいいだろう、とフィオラは自分に言い訳した。
アルドがいるのは、ローシェ魔法士長の研究室、兼――牢屋だ。アルドに会いに行くことになって仔細を聞けたのだが、ローシェ魔法士長の研究の末、『悪い魔法使い』の代償を自分を対象に戻すことができるようになったらしい。限定的だそうだが、フィオラはローシェ魔法士長がそういう研究をしているらしいという噂でしか知らなかったのだが、十数年の間に実用化まで至っていたらしい。
そしてアルドは、その対象になるのだろうと聞かされた。だからこそアルドが望み、フィオラと会わせるということもできたのだと。
アルドという子どもは、どこかルカに似た印象を受けた。普通以上に整っている容貌と、髪と目の色が少し似通っているからだろうか。
――対面したとき、フィオラは『やはり』と思った。思ってしまった。
(……わからない、ものだな)
そこにいるのが『悪い魔法使い』だと。
事前情報が無ければ、フィオラにはわからなかった。ただの『魔法使い』の子どもにしか見えなかった。
それはかつて、激情の中で打ち倒した、片割れを奪った、フィオラを傷つけた『悪い魔法使い』も同じだったのか、今はもうわからない。その時のフィオラはあまりの怒りで、憎しみで、ただただ目覚めた『魔法使い』の力を振るうだけだったから。
『ディゼット・ヴァレーリオ』は本能でわかる異質さだった。けれどそれも『悪い魔法使い』だとわかったわけではなかったのだと、今知ってしまった。
……そう、この一年、フィオラは『悪い魔法使い』に会ったことがなかった。幼さと、恐らくはローシェ魔法士長の判断で、『悪い魔法使い』に出会うような事件に回されたことがなかった。
一年。それが長かったのか短かったのかはわからない。これが、相対するのがフィオラたちを攫った『悪い魔法使い』と同じ年頃の魔法使いならば、また違った気持ちを抱いたのかもしれない。
けれど、今、自分と同じ年頃の、『悪い魔法使い』となった経緯を知っている幼い魔法使いを前に、ただただ同じ魔法使いであるという事実を突きつけられて抱いたのは、虚無に近しいものだった。
アルドはフィオラになんと声をかけたものか戸惑っているふうだった。フィオラの事情を訊かされたということだから、それも道理だろう。
フィオラも、十数年後の自分がどのように彼と言葉を交わし、捕えられた他国で『会いたい』と言わしめるほどの親睦を深めたのかわからないから、どう言葉をかけるか迷いながら、口を開いた。
「……事情はきいた、のだったな。君が会いたかったのは、今の私ではないだろう。――だが、私は君にききたいことがある」
「え……」
「『悪い魔法使い』になった君に、私は、なんと声をかけた? ……憎しみを、向けはしなかったか」
それはもう、訊かなくてもわかっている気がした。それでも訊ねたのは、この気持ちに区切りをつけたかったからだ。
「……『私は、『悪い魔法使い』をよくは思っていないが、きらいには、なっていない。なれない』って……それから、『どうして』って思ってるって、言ってた……」
アルドは、何を察したのだろう、ただ答えだけを口にした。
「そう、か……」
沈黙が下りる。
しばらくして、アルドがフィオラを窺うように問いを向けてくる。
「今のフィオラは……ぼくと会った記憶がない……んだよね」
「ああ」
「それでも会ってくれたのは、それが聞きたかったから?」
それは純粋な疑問だったのだろう。先に発した自分の問いが、その疑問を誘発するものだっただろうと自覚していたフィオラは、苦笑した。苦くとも、笑みを浮かべることができる自分に戸惑いながら。
「どう、なんだろうな……。君を――『悪い魔法使い』を前にして、自分がどうなるのか、知りたかったのかもしれない」
「……知りたかったことは、わかった?」
「どう、だろうな……」
はぐらかしたいわけでも、答えたくないわけでもなく、ただわからなかった。
この気持ちがなんなのか。
「ぼくが、普通の魔法使いに戻ったら……またともだちになってくれるかって訊いたら、フィオラは……それは今のフィオラじゃないけど……『もちろんだ』って、言ってくれたよ」
「…………」
「ぼくはそれが嬉しかったけど、きみはどんな気持ちだったんだろう……」
アルドは、疑問の形で口にしながら、その答えをフィオラからもらおうとは考えていないようだった。ただ、今のフィオラが『情報』を欲しがっているのだと察して、口にしただけで。
だからフィオラは何も答えなかった。
とん、と背中に温かいものが触れた。ルカの手のひらだと、見ずともわかった。
背に触れる面積以上に、支えられる心地がした。
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