第23話
たくさんの『魔法使い』を見た。
『善い魔法使い』も『悪い魔法使い』もいた。
最初から『悪い魔法使い』だった者も途中で『悪い魔法使い』になった者もいた。
感じがいい者も悪い者もいた。
『悪い魔法使い』になって、それを謳歌している者も、後悔している者もいた。
『善い魔法使い』でも、善人でない者だっていた。
――
そんな、自分の、夢を見た。
* * *
見た夢を、目が覚めても覚えていた。
(夢……だが、実際に私が経験したことなんだろうな……)
憎しみを、怒りを、忘れたわけではない。それらが風化したわけでもない。
それでも、すべての『悪い魔法使い』に向けたそれを、飲み込む日が来るのか――来たのか。
……わかって、いるのだ。今だって、わかっている。
自分の憎しみが、怒りが、すべての『悪い魔法使い』に向けるべきでないものだと。
罪は個人に帰するもので、全体に向けるべきではないのだと。
それでも。
漠然と、すべてに憎しみを向けてしまう。だって、憎んでいないと立っていられないから。
(考えても仕方ない、か……)
時を経て変わった自分を、その年月を経ていない、知らない自分が慮っても仕方ない。
――そう、思っていたのだが。
ルカが珍しく、食事も甘味も服も持って来ずに部屋を訪ねてきたときのことだった。
「フィーに会いたいっていう人がいるんだけど……」
「私に?」
「でも、今のフィーに会わせていいのかわからないんだ。……そんなこと言われても、今のフィーにも判断がつかないとは思うんだけど」
「? いったい誰なんだ? 今まで会わせてもらった人ではないということだろうが……」
じゃあ誰なのかと促すと、ルカはこれまた珍しく歯切れ悪く答えた。
「先の件でフィーが潜入捜査してたのは言ったと思うけど……そのときに接触した『悪い魔法使い』の子どもなんだ」
『悪い魔法使い』。
それを聞くだけで体が反応する。この体はまだ、生々しくその加害を覚えている。片割れの喪失はぽっかりと胸に穴を開けている。
普段は蓋をしている記憶が蘇る。それを意思の力で抑え込んで、フィオラは思考を回す。
ラゼリ連合王国に『子どもの姿になる魔法』を使って潜入していたのは聞いていた。結果的に期間がかなり短かったのも、その理由も聞いている。
その一因である、接触した『悪い魔法使い』の子どものことも、無論。
「……アルド、だったか。そちらの方か?」
「そう。……だけど、無理して会わなくてもいい。あちらもシュターメイア王国に来たばかりだし、これからいくらでも機会はあるから」
「向こうは私のじょうたいを知っているのか?」
「いや、会うなら教える――ということになってるから、まだ知らないよ」
「……少し、考えさせてくれ」
すぐに断ってしまってもよかったのに、そう答えたのは、見た夢が影響していたのかもしれないし、あえて今ルカがその話を持ってきた意味があるのではないかと思ったからかもしれなかった。
ともかくも、フィオラは一旦答えを保留した。
ルカはそれに、今のフィオラでは何を思ったか読み取れない表情をした。ほっとしたようにも、困ったようにも見えた。
「本当に無理はしなくていいから」と言い置いて、ルカは帰って行った。
一人になった部屋で、フィオラは再び思考に沈む。
(『悪い魔法使い』が、『会いたい』と言い出すような言動を、私はとっていた……ということなんだろうが)
それは、今の自分では、どういう気持ちで為したことなのかもわからないことだった。フィオラは今、その時の記憶を失っている。彼と関わった事件を経験していない。
わかるのは、未来の自分は、『悪い魔法使い』に変じた『魔法使い』を、会わせても大丈夫だと思われるような人間だったということ。『悪い魔法使い』に変じた子どもから『会いたい』と言われるような行動をしていたということ。
聞いた話では、事件の最中に『悪い魔法使い』になった子どもだというし、『悪い魔法使い』になる前に親しみを感じられるような行動をとっていたということも聞いていた。
(知り合いが『悪い魔法使い』になって、どう感じたんだろうな、私は)
シュターメイア王国に身を寄せて、約一年の記憶の中に、知り合いが『悪い魔法使い』になったというものはない。
もし、今の自分が知り合い程度でも親しく思う『善い魔法使い』がいたとして、その人物が『悪い魔法使い』となったら。
自分はその『魔法使い』も憎むのだろうか。憎めるのだろうか。
(これこそ、答えの出ない問いだな……)
『善い魔法使い』と『悪い魔法使い』。そこにある違いのことなど、考えたことはなかった。――考えようとしてこなかった。
(……会って、みるべきか)
さすがに『悪い魔法使い』になったばかりで、さして『悪い魔法使い』として行動していない子どもに憎しみから当たり散らすほど、自分が愚かだとは思いたくはなかった。
何か現状に対する打開策が見つかるかもしれない、と思ったのは、直感だったのだろうか。
そしてフィオラは、アルドに会うことにしたのだった。
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