第22話
そうして何も変わらないまま十数日を数えるころになって、さすがにフィオラも焦り始めた。
『呪い』を解かなければならないのに、その詳細を聞くことができないというのがこんなにも行動の指針をあやふやにさせるとは思っていなかったのだ。
相変わらずルカは世話を焼きに来る。ローシェ魔法士長の言によれば、ルカと共に過ごすのが一番『呪い』を解くのに近いだろうということだったが、ルカは本当にフィオラの世話を焼いているだけなのだ。焦りを感じるのも仕方ないだろう。
「ルカ」
今はおやつを差し入れしに来たルカと、タルトをつつこうとしていたところだ。
なんだかこんなことをしている場合じゃないのでは、という気持ちが高まって、思わず真剣に名前を呼ぶ。それを感じ取ったのか、ルカもタルトに向けていたフォークの先を引っ込めた。
「私は本当に、こんなふうにすごしていていいんだろうか。……もっと何か、『呪い』をとくためにやれることがあるのでは」
「……うん、そろそろそういうことを言い出すんじゃないかって思ってた」
タルトはしばらく後にしようか、とルカはフォークを置いた。フィオラもそれに倣う。
「とはいえ、俺もローシェ魔法士長がなんで俺に賭けるって言ったのかわからないんだ。……君が一番心を許していたのが俺だから、とは言っていたけど……お互いにそんなに深い仲だったわけじゃないし」
言いたいことはわかるが、なんだか言い回しが微妙じゃないか、とフィオラは思ったが、それどころではないので懸命に黙っていた。
「あ、でもこれは話しておいた方がいいのかと思ったことはある。あんまり楽しい話じゃないけど、聞いてくれるかな」
そう言われて、否やはない。頷くと、ルカは真剣な表情になって口を開いた。
「どこまで『呪い』に抵触しないかちょっとわからないんだけど……。俺は故郷の国を『悪い魔法使い』に滅ぼされてシュターメイア王国に来たんだ」
初っ端からとんでもない重さの言葉が降ってきた。
「で、その『悪い魔法使い』が元々は『善い魔法使い』だったから、『魔法使い』なんて誰も彼も同じだって――その『魔法使い』と俺は結構親しかったから、余計に――そう思い込んだ。それで、シュターメイア王国に来て初めて会ったフィーにもひどい態度をとったんだけど」
この、やたらと世話を焼いてくる友人――親友だという人物が、いったいどんなひどい態度をとったのか若干気になる。気になるが、とりあえず続きを待つ。
「その後に騎士団と魔法使いが協力関係にあるって聞いて、俺は関係を悪くするのはよくないかと思ってしぶしぶ謝りに行ったんだけど、フィーは全然気にしてない感じで。『魔法使いが嫌いなんだろう? 私も嫌いだ。気持ちはわかるから別に謝らなくてもいい。……この国に来て騎士団に入る人間も、この国に来る魔法使いも、基本は魔法使いが嫌いなのに、私も不用意だった。すまない』って言ったんだ」
「……私は、これから先も『悪い魔法使い』が、きらいなのか……」
「今のフィオラからしたら十年経たないくらいの頃だと思うから、今どうなのかまではわからないな……フィーは『嫌い』って言うわりに、態度にも言葉にも出なかったから。『魔法使いが嫌いだ』ってフィーが言うのを聞いたのも、その一回だけだし。でも、俺は、それからフィーを見てて、信用できる――って言うと上から目線かな、でもいい言い方が思いつかないな……そう思うようになったよ」
「信用?」
「フィーは自分の心を裏切らないんだろうなって」
その言葉は、すとん、とフィオラの心に入ってきた。
そしてこれがカギだ、という直感。
「心を、うらぎらない……」
今の自分には、それがどういうことかわからない。だが、それが何か大事なことであることはなぜかわかった。
「フィー?」
オウム返しをして固まった自分を、ルカが心配そうに窺っている。
だが、今のフィオラはその感覚を噛みしめるのに精いっぱいだった。
何かがひっかかる。この言葉が何かのカギになりうることもわかる。けれど決定的なことは何一つつかめない。
もどかしさに頭をかきむしりたくなるが、ぐっとこらえる。平静を装って、礼を告げた。
「……ありがとう。参考になった」
「そう……? それならよかった」
詳しいことはわからないだろうに、あえて追及することもなく、ルカはそう言って微笑む。
そうして、「それじゃあ改めて、タルト食べようか」とお茶の時間を再開することになったのだった。
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