第16話



 テセラとアルドは一度ラゼリ連合王国に引き渡され、その後シュターメイア王国に送られることに決まった。

 直接『ディゼット・ヴァレーリオ』と接触した魔法使いというのは貴重だ。

 恐らく、どこで出会い、どういうやり取りをしたかまで、記憶を見る魔法で探るのだろう。

 フィオラもシュターメイア王国に所属するときに魔法で記憶を見られている。苦痛が伴うものでないので、幼い子どもが痛めつけられるのではないことは救いだ。……たとえそれが『悪い魔法使い』であっても、快いことではない。




「『家族』設定、あんまり生かせなかったっすねー」



 残念そうにガレッディ副団長が言う。

 接触していたアルドを捕らえたことで、この国での潜入捜査はもう無理だろうということになった。必然的に『家族』設定も終わりを迎えたわけだが、それがちょっと残念らしい。

 見切りをつけるのが早いと言えば早いが、『悪い魔法使い』間の情報共有がどうなっているのかわからない。報告を受けたローシェ魔法士長が「粘ってももう無理じゃない?」と言ったので引き上げることになったのだった。



「家族らしいことも、とくにしなかったしな」



 する暇がなかったともいう。何せ暫定三日の『家族』、しかもフィオラに至っては『虐げられているか、それに類する扱いを受けているように見せる』という縛りつきだ。そんな余裕はどこにもなかった。



「外でも家族らしくできるんだったらクローチェさんから『お兄ちゃん』とかって呼んでもらえたかもしれなかったのに……」


「……ガレッディ副団長はそういうしゅみがあったのか?」


「趣味ってなんすか趣味って! かわいい子に『お兄ちゃん』って呼ばれたいのは普通っすよ!」



 と、ガレッディ副団長が拳を握って力説するので、ちょうど近くにいたサヴィーノ魔法士に目で問う。呆れたような溜息のあとに首を横に振られたのでフィオラの発想がおかしいのではない――と思ったところで、別の声が賛同した。



「確かに、フィーみたいなきょうだいなら俺もほしいな。『お兄ちゃん』って呼ばれるのはちょっと気恥ずかしいけど」


「おまえまで何を言い出すんだ」



 もちろんというかなんというか、声の主はルカだ。「ですよね団長!」とガレッディ副団長が勢いづく。



「オレ、妹とか弟とか欲しかったからよっしゃーって思ったのに、設定が設定なんですもん」


「ガレッディふくだんちょうは弟妹がいそうだと思っていたが……いないのか?」


「いたらこんなに憧れ持ってないっすよ! あーあ、クローチェさんかわいがりたかったなぁ」


「聞き捨てならないな。フィーを可愛がる役目は俺のものだよ」


「だれの役目でもないぞ」



 大丈夫だろうかこの騎士団長と副団長。任務が終わって気が緩んでいるにしてもちょっとアレな発言だと思うのだが。


 そんな会話をしながら住居の掃除を済ませる。滞在期間も短かったのですぐ終わった。

 別にしなくてもいいことではあったのだが、一時でも世話になった場所だ。来た時よりも美しく、である。


 すべてを終えて連れ立って大使館まで行く。帰りも転移魔法の使用許可が下りたのだ。真っ当な道行きを行くと結構な時間がかかるので有難い。そもそも副団長のみならず騎士団長まで来ているので、そんなに長く国を空けさせられないという事情があるのだろうが。


 大使館に着き、騎士団二人には先に転移魔法陣のある部屋に行ってもらい、サヴィーノ魔法士と共に空き部屋へと入った。来た時とは逆に、『子どもの姿になる魔法』を解くためだ。



 ――その、魔法使い二人だけになる瞬間を狙っていたかのように、『彼』は現れた。



「――やあ、ご機嫌はいかがかな。『踏みとどまった』魔法使いたち」



 二人以外誰もいない部屋のはずだった。そして大使館には魔法での侵入を阻む結界が張ってあるはずだった。

 けれど彼は――ディゼット・ヴァレーリオはそこに在った。


 ディゼット・ヴァレーリオの顔を知っているフィオラは即座に臨戦態勢をとり、サヴィーノ魔法士も突如現れた不審者に警戒態勢になる。

 すぐさま捕縛の魔法を発動させようとしたフィオラだったが、その前にディゼット・ヴァレーリオが動いた。


 どういうふうに近づいたのか全く見えなかった。転移魔法にしても詠唱も動作も何もなく、まるで最初からそこにいたかのように、フィオラの眼前に彼は現れ、微笑んだ。



「珍しいんだよ。僕と相対しても『悪い魔法使い』にならないで、生きている『魔法使い』は。――ああ、君にも興味はあるんだけど、今日はフィオラ・クローチェに用があって来たんだ。だから大人しくしておいて」



 言葉とともに、サヴィーノ魔法士が床に沈む。意識を奪われたのかと焦ったが、目はうっすらと開いている。ただし、動けないようだった。



「そんなに心配しなくても、ちょっと休んでいてもらうだけだよ。彼も『悪い魔法使い』の素質は十分あるからね。またの機会に、よく話を聞きたいところだけど――今は君だ、フィオラ・クローチェ」



 すい、と手が伸ばされて、フィオラの頬を包む。



「ふふ、面白い魔法だね。発現こそ偶発的だったみたいだけど、ついに『魔法使い』は時すらも操る術を得た。まだ『体』に限定されているようだけど――いつかは周りの時すらも操れるかもしれない」



 動けない。指先一つ自分の思うままにならない。ただただ、ディゼット・ヴァレーリオを見、その言葉を聞くしかできない。



「せっかくだから実験でもしてみようか。――その姿の時の君は僕への憎しみに溢れていたね。そのときに記憶を巻き戻したらどうなるだろう? また同じように踏みとどまれるのか、それとも――」



 頬を包んでいた手が離れて、とん、と額を押される。


 そして、フィオラの意識は途切れた。


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