第15話




「二件目の……!」



 フィオラが思わず呟くと、少女――テセラは首を傾げた。



「あら? わたしのことを知ってるの? まぁこの流れで出て来る『悪い魔法使い』が誰かなんてわかるわよね」



 ひとりで納得し、また笑顔になる。



「わたしはテセラ・アルトナー。『悪い魔法使い』。『悪い魔法使い』はいいわよ! 何にも遠慮しなくたっていいんだもの! あなたも『悪い魔法使い』になりましょう?」



 楽し気に語る彼女の目が、赤く光る。



(魔法……?!)



「あなたの後悔は、何?」



 問われた瞬間、ぶわりと思い出が頭の中に溢れた。



『フィー、フィー、花がきれいだよ! そうだ、花かんむり作ろう!』


『フィーに似合うのは白だよ。絶対に白』


『フィー、フィー! だいじょうぶ? 痛いところはない?』


『だいじょうぶ、だいじょうぶだ、フィー』


『生きてかえれる。生きてかえす。きっと、きっと、おまえだけは――』



 救えなかった。

 あんなに大事だったのに。あんなにずっと一緒にいたのに。ずっとずっと一緒だと――思っていたのに。


 後悔が胸を占める。押し込めていた感情が溢れ出す。

 苦しくて苦しくて、愛しくて、会いたくて。

 もう一度会えるなら、何を捨ててもいいのに――。




「フィー!!」



 記憶と違う、低い声が自分を呼ぶのに、ハッと意識を取り戻す。

 溢れ出す思い出も、胸を占める感情も、変わりはしないけれど『今の自分』を思い出す。



「ルカ……」


「フィー、大丈夫?」



 膝をついて、目線を合わせて、記憶と同じ台詞が、違う人物によって紡がれる。

 それでやっと、フィオラは完全に切り替えられた。



「大丈夫、だ。……どうしてここに?」


「やっぱり心配で……なかなか帰ってこないから、探しに来たんだ。様子を見てたんだけど、フィーが不自然に動かなくなったから」


「やっぱりおまえは、心配性だな……」



 こんな時なのに笑ってしまった。どこまでも、この親友はこの自分に甘い。

 けれどその甘さが、今はフィオラを助けた。



「フィオラ。その人は……家族?」



 アルドの問いに首を振る。

 家族ではない。だけど、家族ほどに大事だと――今は思える。



「家族ではない。友人だ」


「ともだち……?」



 アルドが不思議そうに呟く。幼い子どもと成人男性が友人関係にあるということは珍しい。うまく呑み込めないのだろう。



「――あーあ、なんかわかんないけど、邪魔されちゃった。あなたの『後悔』、深くて重くて甘くて、すごくいい感じだったのに」


「……あの魔法は、なんだ?」


「気になる? ふふ、教えてあげなーい。『悪い魔法使い』にだけ教えてあげるの。たくさんたくさん仲間を増やして、『悪い魔法使い』でいっぱいにしたら――あの人が褒めてくれるから」


「あの人……?」



 褒められるのを心待ちにする子どもの顔で、テセラは恐ろしいことを口にする。

 その中で出た『あの人』という存在――そこから連想するのは一人しかいない。



「まさか、『ディゼット・ヴァレーリオ』がこの件に関わっているのか……!」


「あら? あなた、あの人を知っているの? あなたも『悪い魔法使い』に誘われた? それなのにまだ『悪い魔法使い』になってないの?」



 関わっているとしても間接的だと思っていた。直接的に現れることは少ない人物だからだ。

 なのに、このテセラの口ぶり――少なくとも直接会ったことがある。



「あの魔法はあの人が教えてくれたの。これでたくさん『悪い魔法使い』を増やすようにって。だからもっともっと『悪い魔法使い』を増やさなきゃ」


「それは、かんべんしてもらいたいな」



 フィオラは拘束魔法を展開する。これはディーダ・ローシェ魔法士長が開発した、魔法使いとしての地力に差があっても確実に拘束できる魔法だ。狙いをつけるのが少々難しい魔法だが、今テセラは動いていない。簡単に効果範囲を絞れた。



「きゃっ! な、なにこれ!」


「テセラ・アルトナー。『悪い魔法使い』として連行させてもらうぞ」


「連行? 何これ外れない……魔法も使えない? うそでしょ!?」


「フィオラ……?」


「――アルド。きみもだ」



 拘束魔法を展開する。アルドはテセラに何が起こったのか見ていたはずなのに、抵抗を見せなかった。



「……ていこう、しないんだな」


「……フィオラは、国の魔法使いなの?」


「こことは違う国の、な。……『悪い魔法使い』を捕まえるしごとをしている」


「そっか。……『悪い魔法使い』は、やっぱり悪いものだもんね」



 諦めたように言うアルドに、フィオラは迷って――不確定の未来を、口にした。



「きみは、まだ『悪い魔法使い』になりたてだ。もしかしたら、『更生の余地あり』とみなされるかもしれない」


「……どういうこと?」


「私のしょぞくする国は、『悪い魔法使い』を『普通の魔法使い』にする実験をしている。……見張りは付くかもしれないが、普通の魔法使いとして生きられるかもしれない」


「ぼくが、また『普通の魔法使い』として……」



 『悪い魔法使い』に一度なると、もう『代償』を他者に負わせることしかできなくなる――と長年信じられてきた。けれど、『善い魔法使い』と『悪い魔法使い』の境目すら心ひとつなのだ。逆だってありえるだろうとディーダ・ローシェ魔法士長が研究を続け――『悪い魔法使い』になって日が浅く、『悪い魔法使い』として魔法を行使した数が少ない者なら、また己に『代償』を負わせることができると証明されたのだ。



「アルドは……『悪い魔法使い』になって、あまりうれしくなさそうだ。……後悔しているんじゃないのか」


「そうなの、かな……。でも、最初に思ったのが、『フィオラはぼくをどう思うだろう』だったから……そうなのかも、しれない。だってフィオラは、『悪い魔法使い』をよくは思ってないんでしょう」


「そうだな。……私のこの傷をつけたのは、『悪い魔法使い』だから」


「そうだったんだ……。じゃあぼくは、『普通の魔法使い』に戻れるようにがんばる。そうしたら、また……」



 そこで、アルドは迷うように言葉を切って、けれど思い切ったようにまた口を開いた。



「――また、ともだちになってくれる?」


「……ああ、もちろんだ」



 フィオラの言葉に、アルドははにかむように笑った。

 変わらない笑顔に、フィオラは『悪い魔法使い』だろうと『善い魔法使い』だろうと、根本は変わらないのだということを噛みしめたのだった。

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