第14話




 アルドの家は平均的な一般市民の家、という感じだった。

 外観からわかっていたとおりの生活水準と、住まう者の趣味が反映されているのだろう家具の統一性を見て取りながら、フィオラはその中の違和感を探る。


 まず、一部だけ荒れているのが気になった。椅子が倒れていたり、棚の上の物が落ちていたり。

 さらによく見ると、何か床にきらきらしたものが落ちている。近づいて触ってみると、ざらりとした感触がした。それがあるのは四ヶ所。――アルドを除いたこの家の住人の数だ。



(氷砂糖の痕か……)



 と、そのうちの一つの近く、床に花が落ちているのに気付く。

 白い花だ。昨日アルドからもらったものとは違うが、似た雰囲気ではある。

 しかしそれは――無残にも踏み潰されていた。



「…………」



 フィオラはその花にそっと触れる。

 もしかしたら――もしかしたら。アルドはまた礼として、この花をフィオラに用意してくれていたのかもしれない。

 けれどもしそうだとしても――その未来は来なかった。

 フィオラは花に触れた手をゆっくりと戻し、その場を離れた。



 他の部屋も見たが、特に収穫はなく。

 フィオラは見切りをつけ、また転移魔法で外に出た。

 アルドの家の近くの路地から、周囲を確認する。先程よりざわめきは小さくなっている。人も少なくなっているのでそれほど苦労せずに場を離れられるだろう。

 フィオラは月明かりを頼りに、帰り道を急ごうと足を踏み出した――その瞬間だった。



「フィオラ……」



 路地の奥、暗がりから名を呼ばれ、立ち止まる。それから、覚悟を決めて振り返った。



「アルド……」



 そう、そこにいたのはアルドだった。

 別れた時と同じ服装、見た目は何も変わらないのに――彼は『悪い魔法使い』になってしまったのだと、自分に言い聞かせる。



「フィオラの耳にも、入ったんだね……」


「……家が、近いからな」


「そっか……」



 アルドの表情は暗い。それが、フィオラには少し意外に思えた。

 もっと、そう――解放感に溢れた雰囲気でもおかしくはないと思っていたからだ。



「ねぇ、フィオラ。フィオラはぼくが『悪い魔法使い』になったって聞いて、どう思った? ……きらいに、なった?」



 その問いに、フィオラは何と返すか少し迷った。けれど熟考するような暇はない。



「……私は、『悪い魔法使い』をよくは思っていないが……」



 ぴくり、とアルドの肩が揺らいだ。それを見ながら、フィオラは続ける。



「……きらいには、なっていない。なれない。ただ……『どうして』とは思う」



 好意を持った相手を、『悪い魔法使い』になったから、と嫌いになれるほど、もうフィオラは盲目に『悪い魔法使い』を嫌悪できない。それがいつからなのかはわからないけれど、それだけは確かだった。



「……『魔法使い』と『魔法使い』が、会ってるなんて、ふきつだって、言われたんだ」



 ぽつ、とアルドが話し出す。フィオラは目線で続きを促した。



「もう会うなって、外にも出るなって……なぐられて。花を、ふみつぶされて。そうしたら声が聞こえた。あの子の声。『悪い魔法使い』になった、あの子が、『家族なんていなければ、自由に生きられるのよ』って……」



 誘導……暗示のようなものだろうか。『なりやすい』環境にあるとはいえ、接触するだけで『悪い魔法使い』になる者が出るのは少し疑問に思っていたが、ただ勧誘していただけではなかったのかもしれない。



「そうか……」



 それを聞いても、フィオラの胸には悲しみしか広がらない。

 どんな理由があっても、『悪い魔法使い』になってしまったのは事実なのだ。



「フィオラ。……フィオラは『悪い魔法使い』になってしまいたいと、思ったことはないの。その傷は……家族に、つけられたものではないの」



 そこで、嘘を言うのは簡単だった。嘘をついて、信用を得て、他の『悪い魔法使い』とつなぎをとることだって、できたかもしれない。

 けれどフィオラは、アルドに嘘をつきたくないと思った。だから、真実だけ告げた。



「これは、家族につけられたものではない。……『悪い魔法使い』になってしまいたいと、思ったことは、あるけれど……私は、ならないと決めている」



 アルドは、フィオラの返答を聞いて、悲しく笑んだ。



「そう……そうなんだ」



 けれどそれを裂くように声が響いた。



「そこであきらめちゃうからダメなのよアルドは! 『悪い魔法使い』になったんだから、もっと強欲に! もっと大胆に! 欲しいものは欲しいって言わなきゃ!」


「っ、誰だ!」



 声のした方――頭上を見上げたフィオラに、楽し気な笑い声が降ってくる。



「ふふふ、あなたがアルドの言ってた子ね! その傷が家族に与えられたものじゃないなら、他の人間にかしら? 私はどうでもいいけど、アルドがあなたを好きだから、仲間にしてあげてもいいわ!」



 くるり、と宙返りして降り立ったのは、アルドよりも年かさの子ども――歳は十を数えたばかりだと、フィオラは知っている――二件目で『悪い魔法使い』になった、資料には『テセラ・アルトナー』と記されていた子どもだった。



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