第17話(ルカ寄り視点)




 なかなか追いついてこない魔法使い二人に、あまりにも遅くないかと言ったのはジードだった。

 同じ館内なのだし、迷ったとしてもそうかからずに現れるだろう――そう思ったものの、確かに遅い。ジード曰く、ここに来て『子どもの姿になる魔法』をかけるのを待った時はこれほど時間はかからなかったという。



(……心配しすぎだとまた言われそうだな)



 そんな平和な思考ができていたのは、空き部屋で倒れ伏す二人を発見するまでだった。



「フィー! サヴィーノ魔法士! いったい何が……」


「……僕は大事ありません。少し、動けなくなっていたのと――あまり快くない言葉を聞かされただけです」



 声に反応し、ゆっくりとサヴィーノ魔法士が体を起こす。そして衝撃的な言葉を放った。



「ディゼット・ヴァレーリオが出ました」


「ディゼット・ヴァレーリオが、って……ここにっすか!?」



 ジードが驚愕の声を上げる。ルカも同じ気持ちだった。



「ここは、結界があるのではなかったか?」


「そんなもの、意味ないとばかりに普通に現れましたよ。その辺りのことは後でディーダ・ローシェ魔法士長がどうとでも理屈を教えてくれるでしょう。問題は、フィオラ・クローチェ魔法士です」


「フィーがどうしたんだ!? 気を失っているだけじゃないのか?」


「気を失っているのは確かですが、原因がディゼット・ヴァレーリオです。その前に不穏な言葉も言っていましたし、早急にディーダ・ローシェ魔法士長に診てもらった方がいいかと。僕の記憶も見てもらった方がいいでしょう」



 そうとなれば悠長にしている暇はない。

 ローシェ魔法士長に連絡を取り、すぐにこちらに来てもらった。こちらから行くには、フィオラがどういう状態にあるかわからず、魔法がきちんと作動するか微妙だったからだ。


 そうしてやってきたローシェ魔法士長は、すぐにサヴィーノ魔法士の記憶を読み、状況を把握した。



「まさかこんな、直接的に動いてくるとは……」



 呟きながら、フィオラの額に手を当てるローシェ魔法士長。そこを始点に銀色の光がフィオラを包んでいく。

 だが、その銀色の光は、胸のあたりで突然黒く濁った。ローシェ魔法士長が舌打ちする。



「……呪われたか」


「呪われた? 魔法をかけられたのではなく? ……そもそも『呪い』とは実在したのですか」



 サヴィーノ魔法士が問いを発する。ローシェ魔法士長はフィオラから手を離して、彼に向き直った。



「君も聞いていただろう。『実験』のつもりらしい。ディゼット・ヴァレーリオは魔法を使うが、君たちが使う純粋なそれとは違う。言葉に『呪』を持ち、瞳に暗示を持つ。彼固有の魔法じみた事象干渉能力――それを僕は『呪い』と呼んでいる。……捕えたという『悪い魔法使い』も暗示じみた魔法を使ったんだろう? それはディゼット・ヴァレーリオの『呪い』の劣化版だろう」


「それで、フィー……フィオラはどうなっているのですか」



 『呪われた』などと聞いては平静ではいられない。焦りをなんとか抑えながら問うと、ローシェ魔法士長は目を伏せた。心臓が嫌な感じに跳ねる。



「おそらく……『記憶』の時が戻されている」


「それは……どういう……?」


「体と同じ時に、『記憶』も戻されている。……確か、この見た目の時のクローチェはシュターメイア王国に来たばかりのはずだ。……一番、頑なだったときとも言える」


「……? それはそんなに深刻になるような事態なのですか?」



 サヴィーノ魔法士は純粋に疑問に感じたようだった。確かに言葉で聞くだけでは、『記憶が巻き戻った』ことそのものはそこまで深刻にとらえることのようには思えない。心配ではあるが。



「これがただの魔法なら、魔法で解くこともできたが……『呪い』だからな。解くためには『条件』がある。ご丁寧に手掛かりは残してくれているが……クローチェが、元に戻るかどうかは半々といったところだろう」


「そんなに可能性が低いのですか……?」


「心の問題だ。絶対はない。……この『呪い』を解く方法は、恐らく、クローチェが『絶対に悪い魔法使い』にならないと心に決めることだ」


「それは――」



 フィオラはいつだってそうだったはずだ。それがどうして『元に戻るか半々』とまで言われるのか。



「この頃のクローチェは『悪い魔法使い』――ひいては『ディゼット・ヴァレーリオ』への憎しみが強い。彼らに一矢報いるためならばなんでもする、そういう危うさがあった。……少しずつ、過去を思い出して。少しずつ、未来を見るようになって。そうしてやっと安定したんだ。まだ危ういこの頃のクローチェを、コントロールできる気はしないな」


 ルカは驚く。自分が出会う前のフィオラが、そんなにも不安定だったなんて知らなかった。……聞こうとしたことがなかった。今があればそれでいいと、思っていたからだ。その『今』が失われる可能性から目をそらして。



「ん……」



 横たわるフィオラの唇から声が漏れる。瞼が痙攣して、目覚めるのだとわかった。



「クローチェへの対応に正解はない。後悔しないように接するといい」



 何故かルカを見てそう言って、ローシェ魔法士長はフィオラの肩に手をかけ、揺する。

 刺激にフィオラの瞼がゆっくりと開き、ローシェ魔法士長を映した。



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