第11話
「……疑問なんすけど、『魔法使い』ってそんな、勧誘されたりしただけで『悪い魔法使い』になっちゃうもんなんすか?」
ガレッディ副団長の純粋な疑問に、一瞬言葉が詰まったのは、どこまで話していいか迷ったからだ。
フィオラは感覚的に、『魔法使い』は誰でも、『代償』を他人に転嫁しようと思えばできる――無条件に『悪い魔法使い』になれる――そう理解している。
サヴィーノ魔法士も『悪い魔法使い』になろうかと思ったが思いとどまった、というようなことを以前言っていた。恐らく『魔法使い』は皆同じ感覚を抱いていると思われる。
だが、一般的には『魔法使い』が『悪い魔法使い』になる条件は詳しくはわかっていないとされている。
『魔法使い』が「誰でも『悪い魔法使い』になるかもしれない」存在だなんて広めれば、今でさえ『魔法使い』というだけで向けられる偏見があるのに、『魔法使い』は迫害一直線だろう。だから秘されているのだと推測している。
そういったことをどこまで話すべきか――そう躊躇したフィオラだったが、サヴィーノ魔法士は違ったらしい。
「シュターメイア王国でも、『善い魔法使い』に無理強いや嫌なことをしないように、という風潮があるでしょう。あれと同じです。『悪い魔法使い』になりやすい環境というのはあります。――ラゼリ連合王国は他国と比べて『悪い魔法使い』が出やすい、これは純然たる事実でしょう。裏で『悪い魔法使い』の暗躍があるとすれば、卵が先か鶏が先かという話ではありますが」
絶妙に事実を掘り下げない言い回しに、毒舌も方向性を変えれば話術が巧みになるものだな、とフィオラは感心した。
ガレッディ副団長はその説明で納得したらしい。「あー、なるほど、そういうことなんすね」と頷く。
だが、ルカはずっと無言のままで、フィオラは少しそれが気にかかった。
とりあえずはフィオラが接触しているアルドの動向を見守るという方向で話は終わった。フィオラは結局話し合いの間に食べ終わらなかったため、そのまま席に着いて食事をとることにする。
さっさと自分にあてがわれた部屋に戻ったサヴィーノ魔法士と、「デザートもありますよ! 団長の分も!」と言ってケーキを置いていった(時系列的にそれはもしかしてガレッディ副団長の分だったのではないかと思わないでもなかったが)ガレッディ副団長がいなくなって、ルカとフィオラと二人だけになる。
たぶん、気を遣われたのだろうなとわかったので、フィオラは咀嚼を一旦終えて、ケーキをつついていたルカに目を向けた。
視線に気づいたルカが「ん?」と首を傾げてくるのに、「……まずは、式典出席おつかれさまだったな」と告げた。
「ありがとう。でも式典の出席はやることなくて退屈で仕方ない以外は大変なこともないし、労われるほどのことじゃないよ」
「国の顔としてしゅっせきしていたんだろう。じゅうぶんねぎらわれるだけのことだ」
「まぁ、フィーがそう言うなら言葉は受け取るけど……フィーこそお疲れさま。潜入捜査なんて慣れないだろう?」
「べつに、子どものすがたになっただけで、げんどうを変えているわけでもないし、それほどでもない」
ちょっと自分でもこれでいいのかと思うくらい自然体である。改めて考えるとアルドはよくこんな無愛想な子どもと会話してくれたものだ。
「それより、――さっきの話、何か引っかかるところがあったんじゃないのか」
「……やっぱり、フィーにはわかっちゃうなぁ」
弱ったように、けれどどこか嬉しげにルカは言う。その反応はどうなんだ、とフィオラはちょっと思った。
「……これは、ずっと考えてたことなんだけど……それから、『善い魔法使い』にとっては、もしかしたら侮辱になるかもしれないんだけど、」
少し迷うように、言いづらそうに、ルカは続ける。
「『魔法使い』が『悪い魔法使い』になる条件は、わからないって言われてるけど……本当に、そんな『条件』は、あるのかなって」
反応を窺うような視線がルカから向けられて、フィオラは手に持っていた軽食を一旦置いた。食事が進まないが仕方ない。のんきに食べながら話せる話題でもないのだ。
「ルカは、じょうけんなんてなく『悪い魔法使い』になると思っているのか?」
「そう……なのかな。うまく言えないんだけど……何か一定の条件を満たした『善い魔法使い』が『悪い魔法使い』になるっていうより……そんな区別、本当はないんじゃないか、って」
フィオラは、――フィオラは、苦笑するしかなかった。
そこまで推測しているのなら、ごまかすのも難しい。
「そうだな。……たぶん、私もそうだと思っている」
「フィーも……?」
「『魔法使い』としてのかんかくてきなものだが。たぶん――だれだって、『代償』を他人にてんかできるんだ。やろうと思えば」
「……俺が、最初にそう思ったのは、『魔法使い』なんて全部同じだと思ってたからだけど……今は、ちゃんとその時思ってたのとは違う意味でなんだって、わかるよ。『やろうと思えばできる』のに、やらないでいてくれるんだろう、『善い魔法使い』は」
「まぁ、そういうことだ。……と私は思っている」
「断言しないのが、慎重派のフィーらしいな」
ルカが笑って、少し空気が和らいだ。
しかしそれは、ルカの次の言葉にすぐ引き締められる。
「俺の国を滅ぼしたのは、元々は『善い魔法使い』だった魔法使いだったって、前話しただろう?」
「……ああ」
「俺はその魔法使いと、結構親しかった。友人くらいの位置にはいたと思う。だからそいつが……そいつは国付きの魔法使いだったんだけど……だんだん、なんて言えばいいかな、人間とか国がどうでもよくなっていくのを、少しは感じてた。それでも、『悪い魔法使い』になるなんて全く思ってなかった――そんなの、遠いところの話に思ってた」
「ふつうは、そうだろう」
「うん。それに、もし俺が、あいつが『悪い魔法使い』になるかもしれない、って思って接してたら、きっともっと早くあいつは『悪い魔法使い』になっただろうと思うんだ。だって、『悪い魔法使い』になるかもしれないって思われて、怖がられて、それが『悪い魔法使い』にならないでおこうと思える理由には、きっとならない」
それを簡単な言葉で表すなら『失望』なのだろう。人間に『失望』して、自分を信じてくれないことに『失望』して、境界線を踏み越える。
『魔法使い』はいつだって、その境界線と隣り合わせだ。
「今なら、あいつもギリギリまで耐えてたんだって、わかる。――国を滅ぼされたことは、どんな理由があっても許せないけど」
「……そうか」
「うん。全然、『悪い魔法使い』になるようなやつだとは思わなかった、っていう、そのときの俺の感覚は、間違ってはなかったんだと思いたい。だから逆説的に、『誰だってそうなる』んだと思いたくて……それで『善い魔法使い』に疑惑を向けるようになったんだから、対処としては間違ってるんだろうと思うけど」
「現在進行形なのか」
「俺が今信じられる魔法使いは、フィーとローシェ魔法士長くらいだよ」
――『悪い魔法使いにだけはならない』と、フィオラは自分と、『悪い魔法使い』によって失った片割れに誓っている。
それをルカは知っているはずもないのに、それでも信じられるというのか。
「……かなわないな」
「え?」
「期待はうらぎれないな、と。……ところで気もそぞろだったのはわかるが、ケーキがひさんなことになってるぞ」
「あ。……ちゃんと食べるから……」
「おまえが食べ物をそまつにするとは思ってない」
そうして、なんとかパンを食べ終えたフィオラも共に、シュターメイア王国のスタンダードとはまた違うケーキに舌鼓をうったのだった。
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