第10話


 居住予定は三人だったが、食事用の机には四脚椅子がついていた。そのことに感謝することになるとは思わなかった。

 サヴィーノ魔法士、ガレッディ副団長が席に着いた後、残る二脚のうち一脚に座ったルカは、イイ笑顔でフィオラへと手を差し伸べた。それが若干今のフィオラには高い椅子へのエスコートならまだしもよかったのだが、この笑顔、絶対に膝の上に乗せるつもりだな、と察したので、フィオラはその手を無視してもう一脚の椅子に座った。ちょっと残念そうにルカの眉尻が下がったので、フィオラの警戒は当たっていたのだろう。前回もだったが、ことあるごとに膝に乗せようとするのが謎だ。


 食事の用意はガレッディ副団長がしたのだろう、屋台で買ってきたと思しき軽食が机の上に人数分載っていた。フィオラは先程アルドと食べたパンでだいぶ許容量がいっぱいなのだが、この友人の前で完全に食べないとなるとなんだか面倒になりそうだったので、仕方なく口をつける覚悟を決めた。一応、昨日のフィオラの食事量からだろう、気を遣って半分の量にしてくれていたようだったのでなんとかなるだろう。

 軽食は、丸く平たいパンの中に総菜が入っているものだった。フィオラの前にあるものは野菜を挟んだものだったが、他三人の前には肉が挟まれたものが置いてある。しかも二種類。成人男性なのでそれくらい食べるものか、とルカと食事を共にすることもあるフィオラは納得した。

 ちなみにフィオラの分の残り半分は、ガレッディ副団長がおやつ代わりに食べたらしい。フィオラは内心で「おやつ……?」と首を傾げた。


 とりあえず全員が食事に手を付けたのを見計らって、フィオラは口を開いた。どうして自分が仕切っているんだろうか、と思いながら。



「まず、――そうだな、ルカ、おまえ何か新しい情報をもらってきたりしていないか?」


「ローシェ魔法士長から伝言を預かっているよ。『この件は連鎖的に発生している可能性がある』って」


「連鎖的……? それぞれが単独での事件ではないだろうとは思っていたが、そういう意味ではなく?」


「俺も、ざっと話を聞いてきただけだから、うまく説明できるかわからないんだけど……」



 前置いて、ルカは表情を改めた。



「『悪い魔法使い』になった子どもたちは、それぞれ面識があったかもしれない、と言っていた」


「――それは僕が集めた情報とも合致しますね」



 言ったのは、サヴィーノ魔法士だった。彼は半分ほどになった食事を置いて、淡々と説明する。



「一件目と三件目、三件目と四件目の『悪い魔法使い』になった子どもは、それぞれ知り合いだったようです。話しているのを見かけた者がいました。今まで『黒幕の魔法使い』がいたと考えていましたが、そうではなく、一件目の子どもを『悪い魔法使い』にした者がいて、今度は『悪い魔法使い』になった一件目の子どもが三件目の子どもを、三件目の子どもが四件目の子どもを、『悪い魔法使い』にしたのではないかという推測が立てられます」


「その場合、二件目の子どもはどういうことになるんすか?」


「一件目と二件目はあまり間が空いてなかったというところからして、一件目の子どもと同時に『悪い魔法使い』に接触したんじゃないかと」


「その場合、一件目と二件目の子どもにせっしょくした『悪い魔法使い』――推測だが――は、もうこのあたりにはいないかのうせいがあるな」


「そうですね。種だけ撒いて別の土地に行った可能性が高いでしょう。もしかしたら、このあたりの地域の『魔法使いは悪い魔法使いを呼ぶ』という言い伝えは、昔からそういった形で『魔法使い』を『悪い魔法使い』にする者がいたためかもしれません」


「それだと、足取りをつかむのはむずかしそうだな……」


「その者自身が動いているのではなく、別の地域で『悪い魔法使い』になった者が接触した可能性もあるしな。……元凶を潰すのは難しそうだ」



 全員が難しい顔になる。そんな中でも騎士団二人はぺろりと食事を平らげていたので、その速さにフィオラは少しびっくりした。ルカと食事を共にするときはこういうことはなかったので、仕事中仕様の速さなのかもしれない。消化に悪そうだが。



「……ところでサヴィーノ魔法士のすいそくが当たっているばあい、二件目の子どもの動向が気になるところだが……」


「それについては貴方の方が詳しいのでは?」


「は?」



 聞き返して、フィオラは思い出す。



(そうだ、まさしく今日、そういう話を聞いたばかりじゃないか)



「まさか――アルドにせっしょくしていると?」


「アルド?」



 ルカとガレッディ副団長が首を傾げたので、知り合った魔法使いの子どもの名だと説明する。

 ガレッディ副団長は「ほんとクローチェさん引きよすぎないっすか……?」と呟き、ルカは難しい顔で考え込んだ。

 説明の間に残りの食事を済ませたサヴィーノ魔法士が、話を進めても大丈夫だと判断したのだろう、口を開いた。



「こちらも目撃情報が出ています。フィオラ・クローチェ魔法士もそれらしい話を聞いたのでしょう?」


「たしかに聞いたが……『悪い魔法使い』になる前の話だぞ」


「こちらの情報だってそうですよ。接触があっているとしても、そう簡単に『悪い魔法使い』になった子どものことを話したりはしないでしょう。接触にも注意を払うでしょうしね」



 昨日会ったばかりなのだから言われてみればそうなのだが、フィオラは多分に動揺している自分を自覚する。

 あの少しはにかみ屋のかわいい子どもが『悪い魔法使い』になるかもしれない、と思うと落ち着いていられない。『情を移しすぎるな』とサヴィーノ魔法士に言われたことが頭を過ぎったが、もうすでに手遅れだったらしい。それにこれは情云々の話よりも、知り合いが『悪い魔法使い』になったことがないことに起因するのだとわかっていた。



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