第9話



「フィー! おかえり!」



 そしてフィオラを迎えたのは、先に入ったサヴィーノ魔法士を完全に無視したそんな声だった。


 おまえそれはちょっとサヴィーノ魔法士に失礼だろう、とか、まるで家の住人みたいに声をかけてきているがそうじゃないだろうとかいろいろ言いたいことはあったものの。



「おまえ、なんでここにいるんだ……」



 真っ先に出たのは、そんな言葉だった。



「フィーがこの件に当たってるって聞いたから」



 そして当たり前の顔をしてそんなふうに答えたのは、他国の式典に出席していたはずの親友――そしてガレッディ副団長の上官であるルカ=セト騎士団長様である。

 確かに他国での式典は終わったはずだが、だからって騎士団長がわざわざ、副団長が当たっている案件に来るのはおかしい。ふつうにおかしい。



「おまえ、国での仕事は……」


「それはオレが調整しておいたんです。団長、きっとクローチェさん追いかけて来るだろうな~と思って!」



 「オレの読み、大当たりでしたね!」とにこにことガレッディ副団長が言った。それでいいのか騎士団。

 フィオラの右斜め前に立つサヴィーノ魔法士から心の底からあきれたというような溜息が聞こえた気がする。

 そしてフィオラも頭が痛い。あきれてものが言えないとはこういうことかという気持ちだ。


 そんなフィオラに満面の笑みを浮かべながら近づいてきたルカは、自然な動作でフィオラを抱き上げた。



「フィーの傍にずっといられなかったのは悲しいけど、また子ども姿のフィーが見られたなら遅れてきた甲斐があったな」


「またおまえはそういうことを……というかだきあげるな。子どもあつかいするな」


「そう言われても、フィーの可愛らしさを前に抱き上げないなんて無理だよ」


「まっすぐな目で言うせりふか?」



 腕に腰かけさせられながらフィオラは溜息をついた。この友人が、フィオラの子ども姿を殊の外気に入っていることは、以前の出来事でわかってはいる。さらに何かを吹っ切ってしまった感がありありだが。



「というか前も言ったが、このすがたの私をかわいいとか言う思考がわからない。じぶんで言うのもなんだが、とんでもなくかわいげがないと思うぞ、私は」


「フィーはフィーであるというだけでかわいいよ」



 規格外に整った顔を持つ人間に、真理を説くようにそんなことを言われても嬉しくもなんともないし理解の外すぎる。



「……そのせりふは、私が本来はおまえとどうねんだいでとしそうおうのすがたを持っていることを思い出してから口にするかかんがえてもらいたいものだな」


「元の姿のフィーも、種類は違うけれどかわいいと思っているよ。だから今のフィーはなおさらかわいい」


「おまえのしんびがんのしんぱいをするのが先だったか……」



 フィオラはどうしてこうなった、と思わずここに至るまでの経緯を思い返してしまった。しかし、そこにこの友人がさも当たり前の顔をしてラゼリ連合王国にまでやってくる理由はまったく見当たらなかった。……あまり認めたくないが、あるとしたらフィオラがここにいることくらいだった。

 たったそれだけで騎士団長の一人が仕事をほっぽって(ガレッディ副団長は調整したと言っていたが、逆に言えば調整しなくてはならないくらいには仕事はちゃんとあるのだ)やってくるのは本当にどうかと思うが、この友人のこれまでの言動を考えるとやらかしかねなかった、自分の考えが甘かった、という気持ちになるのは何故だろう。



「俺の審美眼がおかしいみたいな言い方は心外だな。フィオラはかわいいよ」


「そうっすよ、クローチェさんはかわいいっすよ! 子どもの姿は特に」



 なんとガレッディ副団長まで耳を疑うことを言い出した。どう考えてもそっちの目がおかしいと思うが、二対一になってしまうとちょっと認識が揺らぐ。思わず助けを求めるようにサヴィーノ魔法士を見遣ってしまったが、彼はあきれの眼差しでこちらを(フィオラも含めて見られるのはとても心外なのだが)見ているばかりである。


 フィオラはとりあえず、二人の言葉を聞かなかったことにすることにした。



「……ルカ、おまえもこの案件に当たるということでいいのか?」


「そうだよ。この件については俺も気にかかっていたし」


「じゃあ、じょうほうの整理といこう。……サヴィーノ魔法士も、ガレッディ副団長も、それでいいだろうか?」



 友人に抱きかかえられながらという何とも締まらない体勢で訊ねると、二人はそれぞれ頷いたので、少し早い食事をしながらの情報整理ということになった。



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