第6話



「このままだと、びょうきになるかもしれない」


「でも、それだときみが……」


「私は家に入れないわけじゃないからだいじょうぶだ。まあ、あんまりいいものじゃないが……」



 一応扱いが悪く見えるように、着るものも質のいいものにはしていないのだ。ちなみに、いちいち子どもの服を用意するのは面倒だったので、この服はフィオラが元々持っていた服を変化させたものである。


 子どもは迷うように手をさまよわせていたが、フィオラがさらに服を押し出すとおずおずと受け取った。シュターメイア王国とラゼリ連合王国では少し服の様式も違うからだろう、少し手間取りながら袖を通す。



「あったかい……」


「それならよかった」


「ありがとう。……きみの、名前は?」


「フィオラだ」


「フィオラ……きれいな名前だね」



 これが世慣れた百戦錬磨な男から出てきた言葉ならまだわかるが、性別も定かではない子どもから出てくるところにフィオラはちょっとびっくりした。そういえばラゼリ連合王国は口のうまい人間が多いとか聞いたことがあるようなないような。サヴィーノ魔法士も別の意味で口がよく回ることだし。

 まあでもこんな子どもが口説くもなにもないだろう、と流しておく。



「おまえの名は?」


「……アルド」


「アルド。また会いに来てもかまわないか」


「うん……明日、会える?」


「おまえがそれでいいなら」



 言うと、子ども――アルドはこくんと頷き「だいじょうぶ」とこたえた。

 少なくとも自分で外に出る時間が決められる程度には自由があるのだろう。

 それに内心ほっとしながら、フィオラは「では、また明日」と別れを告げる。



「また……明日」



 どこか少し戸惑ったように呟いて、それからアルドははにかんだ。

 かわいいな、とフィオラは素直に思う。見た目だけ子どもになった自分にはないかわいらしさだ。子どもらしさ、と言い換えてもいい。

 そんなかわいい子どもと知り合ったというのに、「計画が順調すぎてこわいくらいだな」なんて考えている自分が少々人でなしにも思えた。




「――というわけで、あまり扱いのよくない『魔法使いの子ども』と知り合った」


「クローチェさん、引きよすぎじゃないっすか?」


「こういうのは引きがいいと言うのか? どちらかというとラゼリ連合王国の『魔法使い』の扱いが問題なんだと思うが」


「まぁ、それはそうっすけど」



 食事をしながら本日の戦果報告をすると、ガレッディ副団長は眉尻を下げて頷いた。

 想定以上の魔法使いへの偏見――と言っていいのかどうか、ともかく扱いの悪さは別行動だった彼の目にもついたらしい。



「でも確かに、サヴィーノさん曰く、『この国は前からこんなものだ』らしいですからね。一応シュターメイア王国の同盟国なのに、こんなに魔法使いに対して後進的な考え方をする国があったなんて不勉強だったっす」


「シュターメイア王国も、魔法使いについての認識をよくしようと動いているわけじゃないからな……そういうこともあるだろう」



 シュターメイア王国は『悪い魔法使いの根絶』を掲げているだけであって、人々の魔法使いに対しての偏見を是正しようとしているわけではない。

 なので、同盟国だからといってシュターメイア王国のような魔法使いへの扱いが為されている国というわけではないのは自明なのだが、それにしたってラゼリ連合王国は少々行き過ぎているきらいはある。



「で、サヴィーノ魔法士はどうしたんだ?」


「情報収集をしてくる、ついてくるな、って言われて途中で別行動になりました。独自の情報網があるんじゃないっすかね?」


「ラゼリ連合王国出身だそうだからな。……それについて何か話したりは?」


「いやー、全然そんな話できる感じじゃなかったんで。『仲のいい兄弟』のふりしながらそういう話振れないですし」


「それもそうか」



 どこで誰が聞いているかわからない。特に二人は人通りの多い辺りに行ったのだ。そんな隙はなかったのだろう。



「あれ、クローチェさんもう食べないんすか?」


「ああ。この体は量が食べられないからな」


「クローチェさん、ただでさえ少食なのに、子どもの姿になるとさらに食べなくなるんすねぇ。ちゃんと食べないと育ちませんよ?」


「食べても食べなくても元の姿には戻れるから大丈夫だ」


「いや、その言葉不安にしかならないっす……」



 『悪い魔法使い』に攫われた時の影響で少食になった、なんて重い話をしても仕方ないので、濁しておく。

 ガレッディ副団長が「明日はデザートも用意しますね。団長がクローチェさんはデザートは別腹で食べられるみたいだって言ってましたし!」とか言ってきたので、今頃ようやく式典から解放されているはずの親友が、普段部下と何の話をしているのかとつっこみたい気持ちが湧き出たが堪えた。ろくな答えが返ってきそうになかったので。……それを予測できるくらいには、親友のちょっとアレなところを認識しているのである。



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