第5話


 当座の住居には生活するのに不便ない程度のものは揃えてあったが、食料品などは買いに出る必要があったので、ガレッディ副団長とサヴィーノ魔法士が買い出しに行くことになった。フィオラは留守番――というか別行動だ。というのも、人手にならないのもそうだが、上、仲良く共に外に出るのはどうかという話になったのだった。

 ちなみにサヴィーノ魔法士はローシェ魔法士長が潜入捜査用に編み出した魔法で、只人と変わらなく感じられるようになっている。つまり魔法使いと出会っても只人二人の兄弟に見えるので、共に出かけたのだった。


 というわけで、フィオラは一人で家の周囲を散策してみることにした。

 ただ留守番していてもそれはそれで計画は進まない。『扱いの悪い魔法使いの子どもがいる』ということを印象付ける必要がある。

 『魔法使い』であることは魔法使い同士ならなんとなくわかるものなので、ともかくも『いかにも虐待されてそうな子ども』がいるということを認識してもらうべきだ。

 幸いにも、というのもなんだが、フィオラの今の見た目は傷だらけの哀れめいた子どもである。薄着ではないので一目見て後ずさるほどではないが、数秒目に留まれば傷があることはわかる程度には目立つ。


 まずは人目に触れるところから、ということで、フィオラはきっちり鍵をかけてから家の外に出た。



(……とはいえ、目的地もなくふらふらするのもな……。そうだ、確か四件目の事件の場所がここから近い。何か痕跡がないか見に行ってみるか)



 頭に叩き込んだ事件の地図を思い浮かべて、そちらに向かう。今のフィオラの足では厳しいが、二件目も比較的近いところにある。そもそも事件を調べやすいように住居を用意したのだろうが。


 着いた先は、何の変哲もない民家だった。まったく人気がないことを除けばだが。

 ネズミにされた家人は他の魔法使いによって人間に戻され事情を聴いた後解放されたらしいが、無論そのまま住み続けるはずもない。よって無人となったわけだが――。



(魔法の残滓はあるが、追えるほどではないな。これが家人をネズミにした魔法だろう。ここの代償と思われるものは、『一定期間声が出なくなる』だったか)



 なんでもここ一帯の人間の声が突然出なくなったらしい。当時はかなり混乱が起きたそうだが、当然だろう。『悪い魔法使い』の代償は、いつも突然で、理不尽なものだ。



(この家の子どもだった魔法使いは……六歳か。今の私の姿と近いな)



 フィオラが『悪い魔法使い』の代償のために攫われたのは、五歳を過ぎた時だった。

 今のフィオラは、傷の具合からして、まだ六歳になる前あたりだろう。事件の関係者である『悪い魔法使い』になった子どもたちは五歳から十歳なので、もし何らかの年齢の基準を設けて『悪い魔法使い』にしているとしても、フィオラも対象に入るはずだ。



(まあ、そうそう都合よく『黒幕』の目に留まることはないだろうが……)



 どちらかというと、標的になりそうな魔法使いの子どもと知り合うという方向性で取り組むことになっている。もちろん、『黒幕』が接触してきたら儲けものだが。

 一応、調べではまだこの近辺にも魔法使いの子どもがいるはずだが、果たしてうまく知り合えるかどうか。


 と考えた矢先に、通りの向こうに魔法使いの気配を感じた。

 元の姿とは比べ物にならない速度でまだ慣れないながら歩みを進めると、一つの民家の前で座り込む子どもを見つけた。姿を目に捉えて確信する。――魔法使いだ。


 フィオラがさらに歩みを進めると、はっと子どもが顔を上げる。あちらもフィオラが魔法使いだと気づいたのだろう。



「……なにを、しているんだ?」



 とりあえず、訊ねてみる。それにしても、以前子どもの姿になった時も思ったが、やはりこの姿の時は言葉が出しにくい。以前の時よりは少し成長した姿なので、まだマシだが。



「……何も、してない。おうちに入っちゃダメって言われたから、外にいるだけ」


「どうして家に入ったらだめなんだ?」


「怒らせたから。……ぼくが魔法を使っちゃったから……」



 この年頃の子どもは見た目で性別がわかりにくい。『ぼく』という一人称から、男の子だろうか、と思うフィオラ。



「魔法を使ったらいけないのか」


「……きみ、このあたりの子じゃないの……?」


「ほかの国から引っ越してきたばかりだ」


「そうなんだ。……ここでは、魔法を使ったらダメなんだよ。悪い魔法使いがやってくるから」



(……このあたり特有の言い伝えか?)



 内心首を傾げる。さすがに土着の言い伝えなどは頭に入れてこなかった。というかそこまでの資料はなかった。



「じゃあ、どうして魔法を使ったんだ?」


「……おとうとが、なべにぶつかりそうになって……あぶなかったから……」


「……それなら、いいことをしたんだろうに」


「でもダメなんだよ。だから夜まで、おうちに入れてもらえないの」


「そうか。……さむそうだな」



 ラゼリ連合王国は、聞いていたとおりシュターメイア王国よりも寒い。それなのに、家を追い出された子どもは、シュターメイア王国で遊んでいるような子どもたちよりも薄着だった。



「外に、出るつもりなかったんだもん……」


「そうか。そうだな。さむいなら、これをはおるといい」



 フィオラは自分の着ていた上着を脱いで、子どもに差し出す。驚いたように丸くなった目で見られて、(……唐突すぎたか?)などと思いつつ続ける。


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