第4話



「オレ、転移魔法使ってもらうの初めてっす! ちょっとドキドキしますね」


「転移魔法はローシェ魔法士長の許可がないと使えないからな。遠方に行くときか緊急時くらいしか許可が出ないし」



 どこかそわそわとしたガレッディ副団長と喋りながら廊下を行く。とは言っても二人きりではない。少し離れてサヴィーノ魔法士がついてきている。

 無駄話に付き合う気はない、とばかりにつんとした顔をしているので、話を振らないだけである。


 普段のガレッディ副団長を考えると話しかけるかと思ったが、サヴィーノ魔法士の性格を察したのだろう、無理に話をしようとはしない。顔合わせした時に仕事については話し合っているので問題はないと思っているのかもしれない。


 転移魔法陣がある部屋に着いて、手の甲に転写してもらった鍵の魔法陣を扉にかざすと、かちりとノブが回って扉が開いた。一度きりの鍵なので、手の甲の魔法陣はそのまますっと消える。



「……ここが転移魔法の……」



 一人ごちるように呟いて、サヴィーノ魔法士が部屋の中に先行した。人とのかかわりは避けているようだが、魔法については研究欲があるのだろうか。それとも、ただの興味か。


 部屋の中には何もない。正確に言うと物が置かれていない。

 ただ中央に、大きく複雑な魔法陣だけがある。


 「クローチェとサヴィーノとガレッディ副団長が揃えば転移できるようにしてあるから~」と軽い口調で言っていたローシェ魔法士長を思い出す。恐らく遠隔で魔法陣を書き換え、なおかつ簡単に聞こえるが複雑な条件付けをいともたやすく行うところに、普段はああだが実力は確かなのだと思い知らされる。



「魔法陣に三人揃って入れば転移がされるということだったが……その前に観察をしたいのなら待つが。サヴィーノ魔法士」


「……いえ、これは僕の手には余りますね。一昼夜かけてもものにできる気がしないのでいいです。さっさとラゼリ連合王国へ行きましょう」



 彼の目算は正確だろう。フィオラも端を少し見ただけでも、これをものにできる気はしなかった。ローシェ魔法士長ほどに年月を経た魔法使いでなければ制御できないものだろう。



「そんなにすごい魔法なんですか?」


「そもそも術者がその場にいなくても起動する魔法陣を敷けるところからして規格外だ。普通、魔法陣は補助であって、それそのものに力はないからな」


「へー、そういうものなんすね」



 ガレッディ副団長は魔法使いでないからか、それほど興味はないようだった。転移できるという事実があればそれでいいという感じだ。



「では、行くか。ラゼリ連合王国へ」



 フィオラが魔法陣に入るのに続いて、ガレッディ副団長も魔法陣に足を踏み入れる。最後にサヴィーノ魔法士が入ると、魔法陣に光が満ちた。

 浮くような、落ちるような感覚。眩暈にも似たそれに一瞬目を閉じた――その間に、転移は完了していた。



「ようこそ、ラゼリ連合王国へ」



 転移の先はラゼリ連合王国にあるシュターメイア王国の大使館だと聞いていた。必然的に、声の主はそこの所属の人物――外交官だ。



「ジード・ガレッディ騎士団副団長、フィオラ・クローチェ魔法士、ベリト・サヴィーノ魔法士ですね。お話はディーダ・ローシェ魔法士長から聞いております。……転移酔いなどがないようなら、そのまま魔法陣を出て、私についてきてください」



 言って、外交官は部屋の扉を開く。体に異常のないことを確かめたフィオラは、ガレッディ副団長が動き出すのを待って、その後についていった。

 ここはもう国外だ。序列には気を遣わねばなるまい。事件対応の指揮官もガレッディ副団長なのだし。


 そうして別室にて打ち合わせをしたが、あらかたの方針は既にローシェ魔法士長が伝えてくれていたため、スムーズに話が通った。必要なものなどの準備も終わっているとのことで、そのまま大使館を出て、当座の住居へと移ることにする。



「と、その前に……私は子どもの姿になってくるから、少し待っててくれ」


「あ、大使館を出る前にって話だったっすね。了解っす。待ってます」



 外交官に近くの空いている部屋に案内してもらい、まずは普段からかけている姿変えの魔法を解く。魔法同士が干渉しないようにだ。

 それから、改めて『子どもの姿になる魔法』を構築する。術式を編んで、そこに魔力を通す。問題なく魔法が起動したことにほっとしながら、姿変えの魔法のときに似た、それよりも長く、体の深くから変えられていく感覚に耐える。やはり、あまり心地のいいものではない。 

 体を包む魔法の光が消えたのを確認して、魔法で鏡を出して自らの姿を映してみる。


 そこには予定通り、傷だらけの子どもの姿があった。

 傷だらけといっても、生々しい傷ではない。治ってはいるが、痕が目につくというだけだ。『子どもの姿になる魔法』では正確な年齢指定がまだできないが、に支障のないあたりの姿になれたことにほっと息をつく。


 久しぶりの子どもの姿の感覚をなんとか自分に馴染ませながら扉を開けたフィオラは、そこにいた人物に目を丸くした。



「サヴィーノ魔法士……?」


「……その姿で先程の場所まで歩くのは難儀でしょう。連れて行きます」


「連れて行くって……」



 どういう、と口に出すより早く、フィオラはひょいと彼に抱えられていた。突然のことに目を瞬くフィオラには頓着せず、サヴィーノ魔法士は早足で歩き始める。存外、安定した抱き方であることに、フィオラは意外に思った。彼はあまり、子どもとかかわりがなさそうに思えたので。



「あっ二人とも! お帰りなさいっす。その姿のクローチェさんは久しぶりっすね!」



 にこにこと笑みを浮かべたガレッディ副団長に迎え入れられ、足を止めたサヴィーノ魔法士は、無言でフィオラをガレッディ副団長に突き出した。

 ガレッディ副団長も心得たようにフィオラを受け取り、片手ながらしっかりと抱えてくれる。フィオラはただ目を瞬くしかできなかった。



(いつの間に以心伝心に……)


「それじゃあここからは、俺たちはきょうだいってことで!」



 そう、事件の性質から、『魔法使いの子ども』が重要なのは間違いない。それならば他二人をどういう立ち位置に置くかという話し合いをした結果、『ラゼリ連合王国に移住しに来たきょうだい』という設定にしようということになったのだった。……だいぶ三者三様の雰囲気だが、人種は同じなのでまあいいだろうということで。


 そういうわけで、フィオラはガレッディ副団長に抱えられたまま、新居となる用意された住居へと向かうことになったのだった。





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