第3話



 翌朝、ローシェ魔法士長に呼び出され、フィオラはローシェ魔法士長の執務室へ向かっていた。



(おそらく派遣する人員が決まったのだろうな)



 事前に顔合わせをさせようということだろう。もしかしたら今日中にラゼリ連合王国に向かうことになるかもしれない。


 そう考えながら許可を得て入った執務室にいたのは、部屋の主であるローシェ魔法士長と――。



「ベリト・サヴィーノ魔法士……?」



 無表情で圧倒的な美を振りまく、ベリト・サヴィーノ魔法士だった。


 ベリト・サヴィーノ魔法士というのは、まだこのシュターメイア王国に来て日の浅い、けれど実力は確かな魔法使いである。とある縁で一度魔法を使ってもらったため、この国でもトップレベルの使い手だろうとフィオラは推察していた。

 そして、彼はとんでもなく顔がいい。何せ来たばかりの頃、フィオラの親友・『氷の美貌の騎士様』なんて恥ずかしい通り名をつけられるくらい顔面偏差値の高いルカを引き合いに「ルカ=セト騎士団長と張る顔面の魔法士が来た!」とか言われていたくらいだ。

 もはや否応なく呼吸を止めてしまうほど美しい芸術品のような、職人が丹精込めて長年をかけて作り上げた美の結晶のような造形をしている。かくいうフィオラも初対面の時は見惚れてしまったものだ。


 そんな彼が、どうしてここに。

 そう考えたのが顔に出たのだろう、サヴィーノ魔法士はあからさまに溜息をついて、口を開いた。その様さえも一枚の絵画のようだ。



「どうして、という顔をしていますね、フィオラ・クローチェ魔法士。よもや自分がディーダ・ローシェ魔法士長に『世界の魔力を操る性質を持つ魔法使い』を要請したことを忘れているんじゃないでしょうが、そうだとしたらあまりに残念な頭で同情を禁じえませんね」



 そしてその芸術品のような外見を裏切る、毒舌も変わりなく絶好調だった。



「……さすがに自分が要請したことは覚えているし、提示した条件に君が当てはまるのもわかっている。だが、どうして君が、とは思っている」



 純粋な疑問として、だ。ベリト・サヴィーノ魔法士は業務に積極的でない、どころか恐らく他者とのかかわりすら必要最低限以下に断っているレベルの人嫌いらしい、というのが以前関わった際のフィオラの感想だった。

 基本的にこの国では、積極的に仕事をしたいという魔法使い以外には、無理に仕事をやらせることはない。いつでも魔法使いの人手は足りていないが、うっかり人に絶望などされると『悪い魔法使い』になるかもしれないというのがある。

 なので、積極的に仕事をやりたがりそうにない彼がここにいることに違和感を覚えたのだったが。



「それは僕が説明するよ」



 フィオラとサヴィーノ魔法士のやりとりを見ていたローシェ魔法士長が、ゆったりと椅子に座りながらそう言う。

 サヴィーノ魔法士は何か言いたげだったが、一つ溜息をついて、来客用の椅子に腰かける。「貴方も座ったらどうです」と言われたので、ちらりとローシェ魔法士長を見てから、フィオラも彼の向かいの椅子に座ることにした。短い話では済まなさそうだと思ったからだ。



「一応僕がこの部屋の主なんだけど、まぁいいや。うちの魔法士たちがわりとマイペースなのは今更だしね」



 そこに責める響きはないどころか、面白がっているような色がある。ローシェ魔法士長らしい、とフィオラは思った。



「先に言っておくと、手が空いてる『世界の魔力を操る性質を持つ魔法使い』は一応他にもいたよ。他国に出せるような実力のある者ももちろんいた。――彼を選んだのは、彼がラゼリ連合王国の出身だからだ」


「あの国の『魔法使い』の扱い――偏見と言った方がいいでしょうね。それは、出身者でない魔法使いにはあまり味わわせたくないものです。それくらいの良心は僕にもありますからね。まぁ、自分から志願したあなたのことは知りませんが」


「こう言ってるけど、クローチェが行くのもいい顔してなかったんだよ、サヴィーノは。そもそも事件の性質からして『子どもの姿になる魔法』が重要になるだろうからって飲み込ませたけど」


「……ディーダ・ローシェ魔法士長の口は、本当によく回りますね。口から生まれたんじゃないですか?」


「あっはは、そんな大昔のことは忘れたね」



 不機嫌そうな顔になったサヴィーノ魔法士を笑い飛ばして、ローシェ魔法士長は目を細めた。



「――クローチェは初耳だろうけど、四件目が出た。やっぱり今度も子どもの魔法使いが『悪い魔法使い』になってる。『子どもの魔法使い』がキーなのは間違いないだろうね」



 組んだ手に顎を乗せて、話題とは裏腹に楽しげに笑んだローシェ魔法士長は、フィオラへの説明と状況整理を兼ねてだろう、詳細を語り始めた。



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