第7話
翌日、フィオラは昨日と同じ時間帯に家を出て、昨日と同じ道行きを辿った。
もちろん、アルドと会うためである。
今日のガレッディ副団長は周囲への顔つなぎで外出、サヴィーノ魔法士はなんとまだ帰ってきていない。子どもではないのでどうこうは言わないが、そんなに長く空けるなら事前に言っておいて欲しかったものである。
ガレッディ副団長はフィオラを一人で行かせることに難色を示したが、距離を開けて尾行する形にするとしても『扱いの悪い魔法使いの子ども』の設定と矛盾する。なので昨日と同じく単独行動である。「くれぐれも気を付けてくださいね!」と念は押されたが。
昨日と同じところで、魔法使いの気配を感じる。そのまま進めば、予想通りアルドが家の前に蹲っていた。
昨日と違うのは、近寄ってくるフィオラに反応して顔を上げ、ぱっと瞳を輝かせたことだろうか。
そんなに来訪が喜ばれるようなことをした覚えはないので、少々居心地悪く感じるフィオラ。
「病にはかからなかったようで何よりだ、アルド」
「フィオラも、元気そうでよかった。……これ、昨日借りた上着。ありがとう。洗濯は、魔法でしたけど、気になるようだったらちゃんと洗って」
「わざわざ洗濯しなくても……いや、こちらが言わなかったからだな。すまない」
『魔法で』とつけるからには、アルドは普通の洗濯を自らできる環境下にはないのかもしれない。わざわざ代償の必要な、それも『使ったらダメ』とまで言っていた魔法を選ぶのはそういうことだろう。
「あやまらないで。ぼくがしたかっただけ、だから。あと、これ……お礼」
そう言って差し出されたのは、かわいらしい花だった。どこかで摘んできたのだろうか、素朴だが生命力に満ちている。
フィオラに花を愛でる趣味はあまりないが、花が嫌いなわけでもない。笑顔(になっていたかどうかはあやしいが)で受け取る。
「ありがとう。私が押し付けたようなものだったのに、お礼の品まですまない」
「これも、ぼくがしたかっただけだから。フィオラは、気にしないで」
フィオラが花を受け取ると、アルドはほっと肩の力を抜いた。受け取ってもらえるか心配だったのかもしれない。
「……聞いてもいいか? アルドの代償は、重いものではないだろうな?」
やはり心配になったフィオラが訊ねると、アルドはぱちりと目を瞬いた。
「大きな魔法じゃなければ、少しくらっとするだけ――たぶん、血が少なくなるんだと思う。貧血のときに、似てるから」
「血が代償か……。その口ぶりだと、大きな魔法を使ったことがあるのか?」
少し踏み込みすぎたかとも思ったが、アルドは淡々と答えた。
「前……事故が起きそうだったときに、少し。でも、たおれただけだから」
「それは『だけ』じゃないだろう。だいじょうぶだったのか?」
フィオラが問うと、アルドははにかむように笑った。
「ふふ、心配してもらうのってくすぐったい。うれしい。……だいじょうぶだから、こうして生きてるんだよ」
「それは、そうか」
「そうだよ。……ぼくも聞いていい? フィオラの代償って、何なの?」
「時々魔法がぼうはつする」
「きみのほうこそ、だいじょうぶじゃなさそうな代償だよ」
「時々だ。それに、周りにひがいは出ないからな」
「そっか。……『悪い魔法使い』じゃないもんね」
少し、アルドの瞳が陰った。フィオラは少し悩んで、口を開く。
「『悪い魔法使い』を知っているのか?」
「……噂で聞かなかった? このちかくで、『悪い魔法使い』が出たんだよ」
「それは、……少し、聞いたが。知り合いだったのか」
「うん。……たまに、ごはんをわけてくれた」
「……アルドは、ごはんを食べられないことがあるのか」
「『魔法使い』だから」
それは理由になっていないだろう、と思うのは、フィオラが『魔法使い』というだけで理不尽な目にあった経験が少ないからだろう。ここでは、それが十分理由となるのだ。
「そうか。……今日はちゃんと食べられたのか」
「…………う、ん」
「さすがに昨日会ったばかりの私でも、それがウソだというのはわかるぞ」
フィオラは溜息をついて、懐を探る。そして布に包んだパンを取り出した。
「もしかしたらと思って、持ってきた。一緒に食べよう」
正直フィオラはきちんと食事をとってきたので食べる必要はないのだが、『一緒に』と言ったのはアルドの遠慮を少しでも少なくするためだった。
「……で、でも」
それでも戸惑ったように固辞しようとしたアルドの言葉を遮るように、アルドのお腹から切なげな響きが聞こえてきた。
フィオラは心持ちアルドの分が大きくなるように割って、パンをアルドに差し出す。
アルドはそれでもやはり遠慮の色を濃くしていたが、フィオラが昨日と同じにさらにパンを押し出すと受け取った。押しに弱いところがあるんだな、と冷静に判断するフィオラ。
そのままふたりで、(行儀は悪いが)道端でパンをいただく。
しばらくして「……おいしい……」と噛みしめるようにアルドが呟いたので、フィオラは「それはよかった」と返した。持って来損にならなくて本当によかった。アルドが食事にありつけていない様子だったのは全然よくないが。
「ありがとう、フィオラ。……お礼をするつもりだったのに、またもらっちゃった……」
「気にしなくていい。私も家より外で食べる方が気が楽だし」
ということにしておく。ふつうにお腹いっぱいなので夜ご飯は抜こう、と考えながら、改めてアルドを観察する。
年の頃は今のフィオラの姿と同じくらいだろう。恐らく男。髪は灰色、目は青。少し、『氷の美貌の騎士様』なんて通り名のある親友の色を思い出す。
もっと手入れがしてあればさらに親友を彷彿とさせるはずの、整った顔立ちでもある。たぶん、一般的な子どもよりも数段『かわいい』。
こんな子どもが一人でうろうろしていたら治安の悪いところでは人さらいに遭いそうだが、ラゼリ連合王国は『魔法使い』への扱い以外は治安の整った国である。だから無事なのだろう。
そんなことを考えていると、アルドがうかがうようにフィオラを見ているのに気付いた。見つめすぎたか、と思ったけれど、そういう感じでもない。
何か言おうとしては口を閉じ、を何回か繰り返した後、アルドは思い切ったようにフィオラに問うてきた。
「あ、明日、も、来る?」
「……おまえが、大丈夫なら」
ぶんぶんとアルドは首を縦に振る、「大丈夫」ということだろう。
「じゃあ、また明日」
「また、明日」
昨日よりは滑らかにその言葉を紡いだアルドに、昨日よりも喜びの透けてみえる笑顔で見送られて、フィオラはその場を後にした。
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