第8話




「……これはぜったいひつようなのか?」


「小さい子どもと大人が共に歩くなら必須だと思っていたのだけど、違うのか?」


「私も子どもと大人がともに歩くときのさほうにくわしいわけじゃないが、ひっすではないと思うぞ……」



 ぎゅっと手を握られながら歩く。「抱えないなら手を繋がないと」と主張するルカに根負けした結果だ。それでもやっぱり疑問に思ってしまって訊ねれば、なんだか変な答えが返ってきた。

 自分も大概常識に疎いとは思っているが、この友人も実は何かズレているのではないだろうか。


 ともあれ、はぐれるかもしれないだとかの問題はない(魔法使いの宿舎の廊下は基本的に人気がない)のに手を繋ぐというのは、いささか気恥ずかしいというかなんというか。



(だが、今は子どもなのだからそう感じる方がおかしいのだろうか……?)



 一瞬自分がおかしいのかと疑ったが、中身は実年齢相当なのだから当然か、と思い直した。

 それ以前に、身長差がすごくてだいぶ不格好になっているし、結局歩みを合わせさせてしまっているのも心苦しい。



(……いや、そもそもどうして一緒に行動しているんだ?)



 あとは自室に帰るだけだ。一人で戻って何の問題もないはずだ。



「ルカ、しょくじもともにしたし、ケガも治した。あとは私のへやにかえるだけなら、もうわかれてもいいと思うんだが」



 そう告げると、ルカはとても悲しげな顔をした。気のせいじゃなく、この姿になってから、この友人は感情表現豊かになっている気がする。何故だろう。



「……用が済んだからさようなら、というのか。フィーは冷たい……俺は悲しい」


「ひとぎきのわるいことを言うな。こうりつのもんだいだ。せっかくおまえも休みをとったんだから、少しはゆっくりしろ」



 そもそも食事もケガを治すのも、フィオラが言い出したんじゃなくルカが言い出したことである。足の痛みにさえ気づかれなければ、フィオラは一人で魔法士長への報告だけして部屋に戻っていただろう。

 そこをなんだかんだとフィオラを丸め込んでここまで付き合わせたのはルカの方だ。



「ケガを治せたのはおまえのおかげだ。それはかんしゃしている。だが、きしだんだってひまじゃないだろう。休みなら休め」


「俺は最低限の休み以外にも、フィーの休みに合わせて休みをとってるから、わりと休んでいる方だよ? 上が休まないと下も休みにくいしね」


「……そ、そうか」



(やたら休みがかぶると思ったら故意だったということか……?)



 若干聞き捨てならない台詞が聞こえたような気がするが、フィオラは深く考えないことにした。つっこむのが怖かったともいう。



「まぁせめて、部屋に送り届けるくらいはさせてほしい。普通の子どもだって、幼少時は一人歩きをさせないだろう?」


「ゆたかなちいきはそうだろうが、子どもがはたらきてになるようなちいきだとそうでもないぞ」


「屁理屈言わない。それに、その基準で行けばここは『豊かな地域』なんだから。やっぱりこれが正しいよ」



 そう言って繋いだ手を指し示す。

 そうまで言われると、これ以上言い募っても無駄な気がしてくる。



(ルカは、とにかく子どもを一人で歩かせたくないんだな)



 フィオラだって、小さな子どもがふらふら一人で道を歩いていたら心配くらいするので、そういう気持ちなのだろう。

 部屋までならいいか、と折り合いをつけて、フィオラは大人しくルカについて歩くことにしたのだった。




「その体で炊事もできないだろう? また食事に誘いに来るよ」


「子どもだけでかいに行くとふつごうが多そうだからそれはたすかるが……そのまま食べられるくだものなどを買いこめばそのひつようもないのでは?」


「じゃあ、その買い物にも一緒に行こう」


「……どうあってもついてくる、ということか」


「せっかくのフィーが俺を頼ってくれそうな状況なんだ。これを逃す気はないよ」


「まぁ、たしかにこういうじょうきょうでたよれるのはおまえくらいしか思いつかないが……ものずきだな」


「フィーが好きだからだよ。好きな人の役に立ちたいと思うのは、普通のことだろう?」



(また誤解しか生まなそうな発言を……)



 この友人は、事あるごとにフィオラのことを好きだ好きだというが、これは『人間として好き』という意味であって、色恋ではない。『人間として好き』になられた理由もフィオラはよくわかっていないのだが、それだけは確かだ。


 なので、きっとこの騎士団長に憧れる女性なら誰でもときめいてしまいそうな発言にも、特段思うところはなかったりする。それはそれでちょっと情動に問題があるような気がするが。



「ていどにぎもんはあるが、まぁふつうのことかもしれないな。……じゃあ、また」


「子どもは体力がないというから、きちんと休むんだよ」


「それはこっちの台詞だ。きしのたいりょくをあてにして、あんまりむりするんじゃないぞ」


「ははは、フィーはやさしいなぁ」



 優しいも何も、これこそ普通のことだと思うのだが。


 手を振って、扉を閉め――ようとして、取っ手になんとか届く、という身長に気付いたルカが先んじて閉めてくれた。



(やはり子どもの体は面倒だな)



 魔法士長は「そう長く続く魔法じゃなさそうだし」と言っていたが、果たしてどれくらい続くのだろうか。あの言い方とあっさり有給休暇が出たところからして、1ヶ月だのと言う話にはならないだろうが、できれば数日中に戻ってほしいところだ。



(まぁ、なるようにしかならないか……)



 思いながらベッドによじ登ったフィオラは、案の定、子どもの体の体力のなさに負けて、ルカが夕食の誘いに来るまで、ひと眠りすることになったのだった。


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