第9話



 夢を見た。


 痛い、こわい、なんで、痛いイタイいたい、笑い声がする、痛みにうめく声がする、叫んでいるのは私の喉だろうか、痛みを、もっと痛みを、泣き叫べ、悲鳴をあげろ、ああそうすればこの苦痛から解放される?

 そんなはずはない、『痛み』を与えそれに泣き叫ばせることが目的なのだから、ああ、ああ、だったらもうどこにも希望なんて――ない。



『だいじょうぶ、だいじょうぶだ、フィー』


『生きてかえれる。生きてかえす。きっと、きっと、おまえだけは――』




 ――目が、覚めた。

 見えた天井に混乱する。視界に入った傷のない腕にそれが深まる。

 けれど周りは魔法使いの宿舎の自室だ。すぐに混乱は収まった。



(久々に、見たな……)



 体に精神が引きずられたのだろうか。ちょうどこの体の頃の記憶を夢に見た。



(ああ、そういえば――ルカに傷のことを話すんだった)



 おそらく、昨日は気遣って言い出さなかったのだろう。だが、気にはなっているはずだ。



(そうだ、あの発言も)



 『フィーに関することは俺の担当になってるんだ』などと意味不明なことを言っていた。あれについても追及すべきだ。


 昨日、夕食を買い込んできたルカと食事をしながら、今日は街でしばらくひきこもっても問題ない程度の買い出しをするということで話は決まった。ルカは昼までの有給休暇をとったらしい。

 「今は大きな案件もないからね、俺が多少いなくても問題ないんだ。万が一の時の代理決裁も、他の団長に頼んでおいたし」とかなんとか言っていたので、心苦しくはあるが、頼らせてもらうことにした。この体躯では一日分の食料を持てるかも怪しい。


 時計を見ると、ちょうど身支度をしてルカを待つのにいいくらいの時間だった。


 顔を洗う、まではいつも通りに行えたが、問題は服だ。

 昨日は『時が巻き戻った』影響でその頃着ていた服があったが、もちろん部屋にある服が一緒に幼少時の物に変わるわけはない。

 ではどうするかと言えば、気の利きすぎる友人が食事と一緒に持ってきたものを着るしかない。


 しかし。



(これを……私が?)



 別にド派手だとか奇抜だとかいうのではない。ごく一般的な子ども用の服だとは思われる。

 しかし、フィオラが好んで着るようなものでもない――というか、実年齢からするとちょっと抵抗があるというか。


 上は、まあいい。ちょっと高そうなのが気になるが、普通のシャツだ。

 下は半ズボンのようだが、裾に向かって広がっていて、一見スカートにも見える。こちらがフィオラの抵抗感の源だった。

 合わせるための長めの靴下もあるし、ベルトもある。生足をさらすことにはならないとはいえ、なぜ長ズボンにしてくれなかったのか。

 とはいえ、替わりに着るものがあるわけでもない。意を決して、その衣服に腕を通した。


 だが、時間になってやってきたルカに「やっぱり思ったとおりだ。似合うな!」などと言われて半眼になってしまったのは仕方ないことだった。




 今日も抱え上げようとするルカと、歩みを合わせさせる心苦しさよりも恥ずかしさをとったフィオラの、自分で歩くとの主張がぶつかった結果、昨日の再現のように手を繋いで歩くことになってしまった。



(これはこれで恥ずかしい……が、実際、街を歩くとなると、この方が効率的なのは確かだな)



 魔法使いは大抵人嫌いか人が怖いか無気力か仕事中毒のため、宿舎内を歩くような人間には会わなかったが、街は違う。時間帯もあるのだろうが、人であふれているといっても過言ではない様子だ。手を離していて、ちょっと歩みの速度が違えばはぐれるのは容易だろう。



「フィー、食料は買うって言ってたけど、服はいいのか? 2着だけだと心もとないと思うんだけど……」


「本物の子どもでもあるまいし、労働で外に出るわけでもない。汚すことはないだろう。魔法使いの宿舎なら、頼んでおけばどんな天気でも次の日には乾いた状態で返ってくるから問題ない」


「それ、うらやましいなぁ。騎士宿舎の方が絶対そういうの必要だと思うんだよ……」


「予算組んで相談すれば、ローシェ魔法士長ならどうにかしてくれると思うが」


「それもそうか。今度団長会議で議題に挙げてみよう」



 そんな他愛ない話をしつつ、いくつかの店を回る。基本はまあまあ日持ちがして、皮をむくだけなどひと手間だけで食べられるものを選んでいく。

 たまに、ルカが「最低限以外にも買った方がいいと思うよ」と甘味類を足してきたりしつつ、恙なく買い物は進んでいった。




「……これくらいでいいだろう。買い物はもういい」


「うん? お昼にはもう少しあるけど、どこか食べに行く?」


「それより、昨日後回しにした話をしたい。どこか落ち着ける場所に行こう」


「……いいのか?」


「何がだ」


「――うん、君がいいなら、いいんだ」



 そうしてフィオラとルカは、店々の立ち並ぶ通りの、隙間のような路地に立ち入ったのだった。



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