第4話
本人と周りの言どおり、仕事の効率が上がったらしいルカは、本日中に処理しなければならない仕事をすべて終えたうえで、昼前で退勤した。昼からは有給休暇を取ったらしい。
さくさくと仕事を済ませるルカを、ガレッディ副団長が持ってきてくれたクッキーと紅茶をいただきながら眺めていたフィオラはしかし、その様を見て特別何か思うところはなかった。何せフィオラがいるときのルカの仕事の速さはいつもこんなものである。普段との違いがわからないので、何を思うこともない。
「またぜひ来てくださいね~!」などとガレッディ副団長に笑顔で見送られて、今度も根負けしてルカに抱えられたフィオラは、「それで、どこに行くんだ」とだいぶ間近にある秀麗な顔を見上げて訊ねた。
「とりあえず、一緒にお昼を食べよう。いいだろう?」
「このじょうきょうで、私にことわるせんたくしがあると思うのか?」
「君がどうしてもいやだと言うなら、俺だって諦めるよ……」
「そんな捨てられた犬のような顔をしておいてか?」という感想は心の中にしまっておいた。この姿になってから、ただでさえ世間一般に聞いていたのと違う面ばかり見せてきていた友人の像が、さらにめちゃくちゃになっていっているのだが、果たしてこれは自分のせいなのだろうか。
「フィーと行きたいと思ってた店があるんだ。ちょうどよかった」
「おまえのその『フィーと行きたい店』はいったいなんけんあるんだ。さそわれるたび聞いている気がするぞ」
「フィーが誘いになかなか乗ってくれないせいで、増えるばかりなんだよ」
(これは遠回しに責められているんだろうか……?)
ちょっとばかり考えてしまったが、どっちかというと良心をつついて誘いに乗る頻度を高めようとしてきているだけのような気がする。まぁつまり責めていることは責めているのだろうが、そんなに真面目にとるようなものでもなさそうだ。
楽しみだな、と喜色を隠さず歩むルカは、さっきから人の視線をやたら奪っていることに気付いているのかどうか。
まずルカの顔を見てほう……となり、次に抱えられたフィオラを認識して「!?」となり、さらにもう一度ルカの顔を見て驚愕する――そんな一連の流れがあちこちで起きているのだが、美形の影響力、こわい。
こんな傷だらけの子どもを連れていても通報される様子がないところもすごい。単純に、ルカの顔が騎士団長として知れ渡っているからかもしれないし、フィオラが抵抗を無駄と悟って大人しく身を預けているからかもしれないが。
そうして連れてこられたのは、魔法使いの宿舎の程近くにある、フィオラでもそういえば誰かから名前を聞いた記憶のある、ちょっと洒落た軽食屋だった。
「ここで食べるのか?」
「いや、ここは持ち帰りもやってるから、持ち帰りで。フィーもさすがにその姿で外で食べるのは落ち着かないだろう?」
「まあ、そうだな」
それを言うなら宿舎でも騎士団区域でもないところまで連れてこないでほしかったが、かといって人目が気になって仕方がないような性質でもない。ただ、本来ならば同年代である男に抱えられて運ばれるのがちょっとどうなんだろうと思うだけだ。
どちらにせよ宿舎の自分の部屋にも食事の蓄えはそれほどなかったので、今日の昼は外に食べに出る予定だった。手間を省いてくれた――というのとはまた違うが、恨む筋合いでもないだろう。
フィーの選んだものを聞き出して如才なく注文し恙なく品物を受け取ったルカは、片手がふさがれたというのにそれでもフィオラを下ろそうとしない。
確かにフィオラの足の長さを考えると、ルカと並んで歩くのは難しいし、さらにいえばルカはフィオラが足にケガをしていることを知っている。下ろしてはくれないだろうな、と思い、ならば、と思いついた。
「ルカ。おまえ、私を下ろす気はないんだろう?」
「もちろん」
「だったらせめて、そのしなものを私にもたせろ。きしのりょううでをふさぐのはよくない」
言うと、ルカは驚いたように一度瞬いて、まるで感極まったかのようにフィオラを抱える腕に力を込めてきた。
「フィーが、俺を気遣ってくれるなんて……!」
「まて。私がふだんおまえをぞんざいにあつかってるかのようなごかいを生むはつげんはよせ」
「でも、『騎士として』の俺を気遣ってくれるのが嬉しくて」
「うれしくても何でもいいが、力をゆるめろ。あとしなものを渡せ」
絶妙に力を加減しているのだろう、痛くはないが、居心地が悪い。
訴えに素直に力加減を戻したルカは、そっと品物をフィオラに渡してきた。「膝の上にでも乗せるといいよ」と言われ、確かに安定性が高いな、と思ったのでそうする。
と、何故かルカが微笑ましそうに見つめてくるのに気づき、怪訝な顔になるフィオラ。
なんとなくいやな予感を抱きつつ、放置するのも気持ちが悪いので首を傾げて問うた。
「……どうかしたか?」
「いや、お人形さんみたいでかわいいなと思って」
(やっぱりこいつの目節穴なんじゃないだろうか……)
真面目に心配になったフィオラだった。
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