第5話




 そうして戻ってきた魔法使いの宿舎では、吹き飛ばされ用を為さなくなった扉がもう修繕してあった。



(おそらく、『元に戻す』魔法が得意な魔法使いがやってくれたのだろうな。誰がやってくれたのか調べて、お礼くらいは言わなければ)



 さすがに自室に着いたら下ろしてもらえたので、久しぶりの地面の感触にほっとする。いくらしっかり抱えられていようと、地面の安心感には程遠いのだ。


 そんなフィオラをよそに、ルカはといえば、勝手知ったる他人の部屋とばかりに食事をとるための準備をしていた。

 自分の部屋なので自分でやりたいところだが、残念ながら机を拭くのもままならない身長だ。諦めてルカに任せた。



「よし、フィー。食べようか」



 準備が整い、そう言ったルカは――ひょい、とフィオラを椅子に座った自らの膝に置いた。



「……。……なんのつもりだ」


「え?」



 心底何のことかわからない、という声音で返されて、フィオラはさすがに脱力した。



「しょくじをするのにひざの上にのせるひつようはない」


「だけど、椅子の高さが合わないだろう?」


「それくらいどうとでもする。さすがにこのたいせいはかんかできない」


「いい案だと思ったんだけど……」



 フィオラの表情で、問答の無駄を悟ったのだろう。名残惜しそうにしながらも、ルカは向かいの椅子にフィオラを座らせ直した。最初からそうしてほしかったところだが。


 買ってきた食事は、もっちりしたパンで総菜を挟んだものだ。

 ルカはやはり体が資本の騎士らしく、がっつりした中身を選んでいたが、フィオラはもともと少食なので、野菜などの軽いものにした。それでも半分ほど食べた時点で食べきれないと気付き、それを察したルカに食べてもらうことになってしまった。



(子どもの体は勝手が違うな。この頃の感覚を思い出せないものか……。いや、思い出したところであまり参考にならない気もするが)



 そもそもこの頃は食事も満足する量を与えられていなかったので、自分の限界なんて知らなかった気がする。



「フィーは子どもの時から少食だったんだね。……フィーが好きだからと思ってケーキも買ったんだけど、1つ丸々は食べられそうにないかな」


「おまえも甘いものはきらいじゃないだろう。おまえが食べればいい」


「保存のきかないものだからね、そうするけど……ああ、そうだ」



 いいことを思いついた、とばかりに、ルカはケーキを一匙掬うと。



「はい、あーん」



 蕩けるような笑顔で、フィオラの口元に差し出してきた。



「……なんのつもりだ?」



 さっきも言ったな、と思いながら、そして答えを予期しながらも訊ねずにはいられず、フィオラは問うた。



「一口くらいなら食べられるだろう? だから」


「だからといって、こんなまねをするひつようがあるか?」


「さっきの食事は食器を使わなかったけど、これは使うじゃないか。でも、フィーの手には大きすぎるだろう?」


「言うほど大きくないだろう……」



 甘味用のスプーンだ。今のフィオラでもなんとか扱えそうな大きさのはずだが、謎のやる気に満ちたルカは譲らない。


 さすがになんというかそこまで必要性もないのにこのようなことをされるのは抵抗があるのだが、ルカはスプーンを差し出した姿勢のまま微動だにせず待っている。見る人が見れば見惚れる(ただしフィオラにはにやけきったようにしか見えない)笑顔のおまけつきだ。


 しばらく逡巡したフィオラだったが、ここは折れることにした。



(一口食べれば、ルカの気も済むだろう)



 少し身を乗り出して、ぱくり、とスプーンごとケーキを口に含む。

 口を離して咀嚼していると、差し出されたスプーンが戻っていかないのに気付いた。

 ごくん、と飲み込み(口に物が入ったまま喋るのはよくない)、「どうした?」と訊ねる。


 しかし、返答がない。


 正面を改めて見ると、なんだか呆けたようなルカの顔があった。



「……どうした?」



 もう一度訊ねると、今度は反応があった。

 スプーンを皿に置き、口元に手を当て、何事かブツブツ言う、という不可解極まりないものだったが。



「ルカ? ……なんというか、よくわからないが、大丈夫か?」


「うん、大丈夫。大丈夫だ、大丈夫……」



(その返答がもう大丈夫じゃなさそうだと思うのは気のせいだろうか)



 胡乱な目でルカを見遣っていると、とりあえず平静を取り戻したらしく、姿勢を正して。



「思った以上の破壊力だった……――ところで物は相談なんだけど、もう一口食べてくれたりしないかな?」



 などと言ってきたので、丁重にお断りする。もうその言い方がダメな予感しかしない。



 ルカはその後、スプーンを見ながら何か黙考していたが、最終的には無事に残りのケーキを食べ始めたので、何となくほっとしたフィオラだった。


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