第3話




「……なんでわたしはおまえのしごとばに連れてこられているんだ?」


「今の君を一人にするなんてとんでもない」


「なにがとんでもないなのかさっぱりわからない」


「どこかで目をつけられて攫われてしまうかもしれないじゃないか」


「どれだけそうぞうりょくがゆたかなんだ? しんぱいしなくても、魔法使いのしゅくしゃには『善い魔法使い』しかいない」


「でも、今『善い魔法使い』だからって、――」


「そのさきは言うなよ。私にたいしてのぶじょくでもある」


「っ、……すまない」



 自分も平静さを多少欠いている自覚はあるが、どうにもこの友人も平静でなさそうだ、とフィオラは思う。方向性はなんだかちょっと違うような気がするが。



(それより他の騎士の視線が痛いな……。雰囲気的に、『突然騎士団長が見知らぬ子どもを連れてきたぞ』という戸惑いではないようだが。言づけておいたとか言っていたし、ある程度の情報は伝わっているんだろう)



 大変不本意なことに何度か騎士団区域に引っ張り込まれたことがあるので、騎士団長の友人としてフィオラの名と顔は売れている。

 子どもの姿になったフィオラを連れて行く、くらいは伝えてあったが、傷だらけなことまでは伝えてなくて戸惑っているのかもしれないな、などと思うフィオラ。


 というかこの友人、職場に自分を連れてきてどうしようというのか。子連れ出勤なんて聞いたことがない。子どもの預け所があるのは知っているが。



「今日、おまえはふつうにきんむなんだろう。私なんか連れてきたらじゃまでしかないだろうに」


「いいや? 俺の意欲が上がるから、むしろいてもらった方が絶対にいい」



 かなしいかな、この台詞を聞くのは初めてではない。子どもの姿ではないフィオラを騎士団区域に引っ張り込むときによく聞いていたりする。正直意味が分からない。



「そうっすよー! 団長、明らかにクローチェさんがいるときの方がやる気あるんで、いてもらった方がオレたちも助かります!」


「ガレッディふくだんちょう……」


「それにしても魔法ってすごいっすね! 子どもの姿にもなれるとか、潜入捜査にはうってつけじゃないですか! それ、他人にかけることってできないんすか?」



 ルカの直属の部下であるジード・ガレッディ副団長がするりと会話に入ってきた。この、ノリが軽く距離を詰めるのが上手い副団長はそういうところがあるので、気にせずに会話を続ける。



「できないことはないが……たにんの体を変えるというのはせんさいな魔法だ。万が一をかんがえて、ことわる魔法使いの方が多いだろうな」


「そっすか―……残念。『善い魔法使い』に無理強いはできないですからねー。地道にやってくれそうな人探してみるしかないかぁ」



 「信頼関係が築けたら、多少はその辺緩む人もいますしね!」と前向きな発言で締めくくったガレッディ副団長は、にこにこと笑いながら、体の大きさに見合わない椅子に座らされたフィオラの頭を唐突に撫でた。



「ガレッディふくだんちょう……? とつぜん何を?」


「いやー、最近子どもとかって見る機会なかったんすけど、かわいいなぁと思って! このクローチェさんがあのクローチェさんになるかと思うと感慨深いし!」



 『この』だの『あの』だの言われているところも気になるには気になるが、なにより。



「ガレッディふくだんちょうも目がおかしいんじゃないか? 私はまかりまちがっても『かわいい』子どもではないと思うぞ」



 何せ、ローシェ魔法士長曰く『子どもの可愛さをすべてかなぐり捨てたみたいな不愛想』である。言葉にぎりぎり抑揚があるだけマシ、という子どもを前に、『かわいい』と言い切れる感性を疑ってしまう。



「子どもはどんな子でもかわいいっすよ!」



 しかし、ガレッディ副団長はそう言い切った。



(まあ、そういう感性の人間もいるか……。ガレッディ副団長は見るからに子ども好きっぽいしな)



 と納得したフィオラは、横から「いや、これはフィーだからかわいいんだ」とかのたまっている友人については、何も聞こえなかったということにした。



「まぁともかく、クローチェさんはちょっとここにいてくれるだけでいいんで! それだけで団長の仕事の効率が段違いなんで! あっ、そうだ、もらいもののクッキーがありますよ! 持ってきますね!」



 返事も聞かずにクッキーを取りに行ってしまったガレッディ副団長を見送って、その途中で目が合ってしまった騎士団員に控えめな笑みを向けられて会釈しつつ、フィオラは考える。



(私がいるとルカの仕事の効率が上がる、というのは、友人に見張られていると気が抜けない、ということなのだろうか……? 確かに私事での知り合いが仕事の場にいると、妙な緊張感を覚えるしな。あれはやはり、いつも自分が見せている面と違う面を見られることにより、下手なところを見せられないと気負うからなのだろうか?)



 自身の経験から推測し、とりあえず納得してしまったフィオラに「いや、たぶんそうじゃない」と指摘してくれる人物はいなかった。残念ながら、この場には読心の魔法を使う魔法使いはいなかったので。



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