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 日本全国の皆様方にとって、無益で仕方のない情報となること請け合いだろうが、少し俺自身のことを語らせてほしい。


 自分は姓を支倉、名を善という。支倉善、それが俺の名前だ。

 26歳、会社員。これといった趣味はなく、彼女もない。ないない尽くしの男とは、俺のことを言うのだろう。


 父はなく、母はいらなく(ここ重要)、兄弟もいない――はずだった。


「……」


 実は、妹が一人、いたらしい。


 前述の一件以来、母とはろくに会話をすることもなくなり、俺は中学を卒業すると同時に家を出た。それ以来母とは連絡を取ることもなく、10年の時が流れた。時の流れとは偉大なもので、ここま数年はさっぱりと母のことなぞ忘れていたと思う。


「はあ……」


 だと言うのに。

 存在すら知らなかった妹を連れて、あの災厄は10年ぶりに姿を現した。しかもその妹だという少女と、『これから一緒に仲良く暮らせ』などと言う。


「はあああ…………」


 本日何度目になるかわからない深いため息をつく。

 初対面の妹とこれから一緒に暮らせ、だと。そんなもの急に言われても、どだい無理な話ってもんだ。

 もちろん驚き、困り、反論したさ。しかし反論している一方で、心の片隅では『無駄な抵抗』だと半分諦めている自分がいたのも事実。あの女が、一度決めたものを捻じ曲げるとは思えなかったからだ。


 まあ、実際その通りだったわけだが。


『あんたの時はよかったよ。夫に先立たれた不孝な未亡人気取ってりゃ、同情した馬鹿な男どもが寄ってくるんだから。だけどこの歳になるとよ、子持ちだなんて余計な要素でしかないんだよ。だからあんたが預かって育ててくれよ、な?』


 とまあ、相も変わらずなクズっぷりを披露した挙句、俺の静止も聞かず車に乗って帰ってしまった。アパートの外で待っていた車の運転席には、若い男が見えた。彼もまたこの魔女に魅入られてしまった哀れな男なのだろう。


 そんなすったもんだのやり取りが終わった今、俺は少女――妹と二人、机を挟んで対峙している。俺たちの間にこれといって会話はなく、彼女は俺をじっと見つめたかと思えば俯く、という行動を繰り返している。俺はというと、ため息をつくことと頭を抱えることを何度も繰り返している。


 地獄絵図のようだ。


「はああああああ…………」


 今までの記録を大きく更新する勢いの大きなため息をく。

 ようやく混乱しきった頭も落ち着いてきた。落ち着いてきたというより、思考することを放棄し、諦めにも似た感情が芽生えてきたのかも知れない。


 今日初めて出会った少女とこれから一緒に暮らせと言われて『はいそうですか喜んで』とのたまう程、俺は短絡的かつ阿呆ではない。

 俺に子ども一人養える覚悟があるかと言われれば、答えはもちろん否、だ。英語で言うと、ノーだ。金銭面や学校やら何やら何まで、俺にはそういった余裕や知識が不足している。そりゃあそうだ、結婚もしてないし考えてもいない男が、子育てについて夢想するほうがおかしいってなもんだろう。


 そりゃ一晩二晩泊めてやる分には一向に構わない。だがなあ、これから一生暮らすとなると――


「どうすりゃいいんだ……」


 結局、いい考えなど思いつくはずもなく、この思考が堂々巡りする。

 俺の頭を悩めてならない張本人はというと、相変わらず何も言わず、俺の前でちょこんと正座をしている。無理もない、いきなり兄だと紹介された男の部屋で、今日からその兄と二人仲良く過ごせというのだ。俺なら嫌だね、そんなの。


 なんとかマイナスな思考を抑え込み、これからのことを考えるため、住み慣れたこの部屋をぐるりと一周見渡してみる。俺の部屋は1K、キッチン有り、風呂トイレ別、といった間取り。部屋にはテレビとベッド、小さめの本棚と申し訳程度の机があるだけだ。大人と子供の二人で生活するには、まあギリギリいけるかなといった感じだ。

 

 とにかく、だ。

 俺と二人暮らしだなんて状況は、この子にとってあまりにもいいものじゃないだろう。なにか打開策はないか、この子が幸せに生きていける場所はないか――


「あ、の……」


 そんな風に俺が頭を抱えていると、この汚い部屋には似合わない、小さく澄んだ声がした。無論、妹と名乗る少女の声だ。


「あの、その……。やっぱり……、迷惑、ですよね……」


 澄んだ、しかし恐怖に震える妹の声が。


 違う、違うんだ。君がなにか思いつめる必要だなんてない。悪いのは全部母で、あとはいつまでたっても覚悟の決まらない俺がほんの少し悪いのだ。

 妹はむしろ被害者なのだから、俺に気など使わず『えー、こんなきったない部屋できったない男と過ごすなんてチョベリバー。青山にでも土地持ってるさわやかイケメンがよかったなー』とでも言ってくれて構わんのだ。


「あー、違う。そんなんじゃないぞ。迷惑なんかじゃない、な?」


 できるだけそう優しく言い聞かせ、妹の頭をなでてやる。そんな俺の言葉を聞いたからか、多少は妹の顔も緩みはしたが、なお瞳には疑念が残っているように見える。

 しかし、ちょっぴり涙ぐんだ瞳で俺を見上げる妹は、とても可愛らしい。それこそ、あの母の腹から出てきたとは思えない程に。


 そうだな。打開策など、ひとつもないのだ。

 この子が幸せに生きていける場所はないか、だと?違う、そうじゃない。わかってるだろう、彼女を幸せにしたいのなら、もう選択肢はひとつしかない。


 いい加減腹をくくれ、支倉善。



「わかった。一緒に暮らそう」



 この子が幸せに生きていける場所を、ここにするしかない。


「え……?」


 少女は顔を上げ、小さく疑問の言葉を漏らす。その表情には驚きが隠しきれていない。それもそうだろう、さっきまでうんうんと頭を抱えていた男が急にそんなことを言い出したのだ、驚くのにも無理はない。


「今更あのクソ母のとこに帰れなんて言わねーよ。てか帰すつもりもない。お前みたいな純粋そうな子は、本当は俺なんかと暮らすべきじゃないんだろうさ。けど、あの母のところよりは万倍マシだ」


 頼れる親戚もいない。いるのも知れないが、少なくとも俺は存在を知らない。

 なら母の所へ返すか。これはもっとありえない。あの母と一緒では、いつこの純粋さが失われてしまうか分かったものではない。


「だから……、こんな汚いところでいいなら、その、お前さえよければ――」

 

 この子が頼れるのは、もう俺しかいないのだ。

 兄である、この俺しか。


「しばらくは一緒に暮らさないか?」」


 あとは、俺が腹をくくるだけ。

 

 頼れる親戚も知り合いもいない。となれば、選択肢は俺と母の二択ということになる。しかし、ろくでもない母のところは論外。ならば、俺と暮らそう、妹よ。俺が少し頑張ればいいだけの話なのだ。俺が覚悟をもつだけの話なのだ。


 しかしいつまでも俺のアパートで俺と二人、ということにもいかんだろう。俺も俺のほうで、どこか頼れるところがないか探してみるつもりだ。だから保険をかけるつもりで、『しばらく』と断っておく。


 そんな俺の考えを、かいつまんで少女――妹に説明してやった。


「お前はなんも悪くない。悪いのは俺と母親さ。すまんな、俺に覚悟とかそういうのが足らなかったから、不安な気持ちにさせちまったな……。俺も頑張ろうと思う、だからお前も一緒に――」

「……ま、え」


 さてこれにて説明を終わろう、とした矢先。

 何も言わずただじっと俺を見つめて話に耳を傾けていた妹が、急に口を開いた。



「……名前。支倉はせくらはるか、です……。お前、じゃ、ないです……」



 弱々しい口調だが、妹――遥の言葉と視線には、強い意志があった。

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