旧校舎の女子会 [868文字]

 夕陽に照らされた旧校舎。

 薄手のコートを着た髪の長い女が一人、ヒールで床を鳴らしながら歩いていた。

 呼び止める者はいない。

 もはや小学校の敷地内には子供の姿はなく、女の影だけが長く伸びていた。

 女は旧校舎の階段を上ると、迷うことなく足を進める。

 コツコツと規則的なリズムのまま女子トイレの中へ入ると、左腕にはめた腕時計に目を落とした。 


 四時四十四分。

 奥から二番目のトイレの扉を、三回ノック。


「はーなこさん」


 周囲の空気が淀み、禍々しい気配が漂ってくる。

 誰もいないはずの個室の中に、濃すぎるほどの人の、気配。


「は、ぁ、い」


 ひとりでにギィィと開いた扉の先に、ニタニタと笑みを浮かべたおかっぱの少女が立っていた。

 少女は女を見るとどんどんとその笑みを濃くしていき、最終的には満面の笑顔になる。


「口裂けちゃーん!」


「やほ、来たよ」


「寂しかったーーー!」


 赤いスカートが翻るのも構わず、花子は口裂け女に抱きついた。

 コロナの大流行で小学校が休校になってから久しく、花子は人(?)との触れ合いに飢えていた。


「口裂けちゃんはいいよね、仲間増えたじゃん」


「仲間じゃないけどね」


「マスク女子だらけじゃん」


「最近、目元だけで映えるメイクのやり方って動画撮って上げたらバズった」


「ウケる」


 女子トイレの隣にある美術室。

 そのテーブルの上にお菓子と飲み物を広げながら、夜の女子会が始まった。


「時々さ、呼び出してはもらうんだけど、子供のいない学校なんてつまんないよ」


「花子はここから出られないもんねぇ。学校の怪談勢はみんな似たような感じ?」


「大体はつまらないって愚痴ってるね。人体模型は大喜びで時間気にせず走り回ってるけど」


「ウケる」


『ねぇ、もうちょっとこっちに寄ってくれてもよくない? 仲間外れ感すごいんだけど!』


 その声は美術室の壁面から小さく響いた。

 模写されたモナ・リザが、瞳と唇だけを動かして必死に叫んでいる。


『私なんて花子ちゃんより制限キツいし寂しいんですけどーーー!!!』


「ごめんごめん、わざとだよ」


『花子許すまじ』



 けらけらと、笑い声が響く。

 女子会はまだ、始まったばかりである。

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