ただいま世界 [410文字]
伸ばした手は何も掴めなくて、空を切った指先が虚しい拳を作っても、その腕を振り下ろすことはできなかった。
鏡に映った滑稽な自分を、笑う人は居ないのに嗤い声が聞こえる気がして、両の目を固く閉じる。
何かが拳を包み込む気配がして、いつの間にか何も聞こえなくなっていて、恐る恐る目を開けても何も見えなかった。
吹き抜ける風に、新緑の香り。
今は、冬だと思っていたのに、どうやってここまで歩いてきたのかも分からないまま。
右手は温かく、左手は冷たかった。
温かさに導かれるように進む道の先は見えなくて、それでも大丈夫だと励ますように風が吹くから、何かに呼ばれているような気になって足を動かした。
失くした泣き方も、亡くした笑い方も、取り戻せた気がして、人間に戻れた気がして、今なら飛べる気がして、地面を強く強く蹴った。
どこまでもどこまでも飛んでいって、そして、落ちて。
ベッドの上で目覚めた僕を見た男女に、初めてした挨拶は、間違っていただろうか。
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