扉は開かれた [320文字]

「もうすぐ、もうすぐだ、もうすぐだから、待っていてくれ」



 涙などとうに枯れ果てた。

 私を突き動かすのは、あの日の叫び、あの日の後悔、あの日の慟哭。

 手のひらから零れてゆく彼女の生命の欠片を留めておけず、迫る死神を追い払えなかったあの日の、記憶。


 足元には魔法陣と、彼女の骨、髪の毛、それから彼女との思い出、産み出されることのなかった娘の、木乃伊。


 羊皮紙に綴る魔術を介する文字列は間もなく完成するだろう。


 待っていて、待っていて、今もそこに居るはずの魂に縋り付く私はあまりにも愚かで、忍び寄る悪魔の気配にも気付かない。


 もうすぐ、もうすぐ彼女に、彼女に逢えるのだと。

 金色に光る筈の魔法陣が鈍色に光っているのにも気付かず、私は。


 破滅の扉を、開いてしまった。




お題:涙・綴る・零れる

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