いくな、なんて言えなくて [400文字]

「これ、遺書」



 そう言って封筒を差し出す彼女の手は、震えていた。

 薄い封筒でさえ、彼女の痩せた手は支えきれない。


 どうやって書いたのだろうと、そう思ったことに気付いたのだろう。

 弁護士を呼び、記してもらったのだと言った。


 見覚えのない花束が置かれていると思ったら、俺の知らない間に色々と進めていたらしい。


 少し萎れてきていた花を花瓶から抜いてゴミ箱へ。

 代わりに花束をバラして、茎の先をハサミで切った。


 白い花をメインに作られた花束は、彼女にピッタリだ。

 花の名前は一つも分からなかったが、きっといい花なのだろう。


 彼女の清廉な雰囲気は、病室中の空気を透明にしていた。


 そのまま空気に溶けて消えて行きそうな彼女を、この世に引き留めているのは、俺だ。


 遺書など、受け取りたくないのに。


 遺書を持つ彼女の手を震えたままにしておくことは、出来なくて。


 だからせめてもの抵抗として、少し乱暴にサイドテーブルに置くのだ。

 その、薄い封筒を。





お題:遺書・清廉・花束

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