私の大事なものが、取られた気がしたの [290文字]

 夕日が差し込む角部屋が、私と兄の部屋だった。


 兄は優しく、私が友達を部屋に呼ぶことも許してくれていた。


 あの日、紅茶とクッキーの載せたお盆を持って部屋に戻った私は、薄く開いた扉の隙間から覗き見てしまったのだった。


 兄の手には、読みかけの文庫本。


 私の友達は文庫本から目を離さぬ兄の顔をぐいと引き寄せ、キスを、したのだ。


 夕日が、眩しかった。

 二人の影が、重なっていた。


 落ちていくマグカップに気付いた時にはもう遅くて。

 ガシャンと音を立てて割れたマグカップが、私の足元を汚す。


 こちらを向いた友達の顔は、よく見えなかった。

 兄の顔も、よく見えなかった。


 床に広がる紅茶が、私の靴下に、染み込んでいった。





お題:夕日・文庫本・割れたマグカップ

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