この手でこの身を斬り捨てられたなら [510文字]
「佐吉、勘兵衛殿の剣筋を見ましたか」
「はい、見ました主様」
「あの揺らめく蜃気楼のような剣筋が、勘兵衛殿の強さの理由です。あれに父は惚れ込んだに違いありません」
「はい、主様」
「彼奴は私を弟子にしてくれると思いますか」
「必ずや」
剣術道場の師範であった父が急死した。
しかし私は父から刀を持つことすら許されていなかった。
そのため道場は私ではなく、父の弟子たちが取り仕切ることになった。
父の名を冠した道場の名は替えられ、焚火にくべられた。
私は道場も家も追い出され、唯一付いてきてくれた佐吉と共に、いつだか父が言っていた凄腕の剣豪を探す旅に出たのだった。
勘兵衛をようやく見付けた私たちは、こっそりと後をつけた。
そうして浪人に絡まれた勘兵衛が、刀を振るうのを見た。
その剣筋はあまりに美しく、父が惚れ込むのも当然だと思った。
私も、一瞬で虜になっていた。
日が暮れ、夜空の下。
橋の袂で声を掛ける。
父の名を、自分の名を名乗り弟子入り志願した私を、勘兵衛は憐れむような眼差しで見つめた。
「薬缶で茶を沸かしておればよいのだ。其方は女であろうに」
あぁ、この人も。
この人も私を認めてはくれぬのか。
女の姿形をしていても、私は。
剣の道を歩みたかったのに。
お題:蜃気楼・夜空・ヤカン・時代小説
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