さよならの代わりに [276文字]
どうしてって聞かれても、答えられなかった。
ただ、毎日の中で疑問に思うことが増えていっただけ。
綺麗なものを見付けた時に、真っ先に教えてあげたいと思わなくなっただけ。
美味しい物を食べた時に、一口あげようと思わなくなっただけ。
それだけなんだよ。
二人の間にあった透明な膜が。指先で触れただけで破れてしまいそうだったあの膜が、いつの間にかゴムみたいに伸びるようになって。ガムみたいに粘着質になって。
それだけ。
私は荷物をまとめて出ていった。
二人の城だった筈の、1DKのアパートから。
さよならは言わなかった。
最後の言葉はいつもと同じ。
「行ってきます」
それだけだった。
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