先輩とパーティー募集


「――やべっ、ヒール……!」

「ちょっと待ってください、クールタイムが……!」

「いやいやもう無理! うおわぁあああ――――っ!!」


 私と先輩のHPゲージがまとめて吹っ飛び、私はぐでっとPCの前で突っ伏した。

 これで6回目の失敗……。

 なのに、ボスのHPは半分も削れていない。

 このままだと半日経ってもこのボスと戦う羽目になりそうだった。


 今更言うまでもないけれど、先輩はどんなゲームでも引くほど上手い。

 私も自分で言うのはなんだけど、要領はいいほうだ。

 その上に先輩の手ほどきを受けて、そんじょそこらのプレイヤーには負けないくらいのスキルを手に入れている。

 だから、ボスの行動パターンだって頭に入ってるし、ギミックの解き方も大体わかっている。


 なのにこんなにも勝てないのは、どう考えても――


「……先輩、人数足りなくないですか?」

「……………………」


 先輩はむっつりと黙り込んで回答を拒否した。


「どう考えても2人でやるコンテンツじゃなくないですか? これ……。もっと人を集めて、8人くらいでやるやつなんじゃないんですか?」

「……ま、まあまあ、もうちょっと頑張ってみても……」

「っていうか、ロール足りてませんよね、私たち。普通、タンク、DPS、ヒーラーの最低三人は用意してパーティー組むって聞いたんですけど。先輩が無理やりタンクとDPSを兼任してるからキツいだけで、前のボスもその前のボスも人数がいればもっと楽だったらしいんですけど」


 先輩はまた黙ってしまった。

 思うに、もし私が初日に話しかけなかったら、この人はこのゲームをずっと一人でやってたんじゃないだろうか。

 その場合、足りない回復役をアイテムで補うか、あるいはもっと汎用性の高いキャラの育て方をするか、そのどっちかで無理やりソロプレイを成り立たせてたんじゃないだろうか。

 そういえば、最初に教えてほしいと頼み込んだとき、ソロにこだわってた気もするし。


「先輩……意地張らずに、パーティー募集しましょ? できるだけ少人数でやるのがこだわりなのかもしれませんけど、2人でクリアできるようになってない以上は……」

「別に……意地とかじゃねえよ」

「だったらなんなんです? 人増やす以外のことは、役に立ちそうだったらためらわずになんでもやるくせに……」

「それは……」


 先輩は歯切れ悪く語尾を濁らせる。

 ネット越しなのに、すねたように唇を尖らせた顔が見えるようだ。


「――…………いだろ」

「はい? すみません、なんて言いました?」

「見ず知らずのやつとゲームやるのって、なんか怖いだろ!」

「……………………」


 今度は私が黙る番だった。


「……つまり……ただの、人見知りですか?」

「ソロを貫く理由なんてそれ以外にあるか!? キリトじゃねえんだこっちは!」

「いや……でも、先輩はネットゲームに慣れてるみたいだったので……」

「格ゲーだのFPSだのは大したコミュニケーション取らないからいいんだよ! こういうMMOは密なやり取りが必要になるだろうが! ナメんなよ、ネトゲをきっかけに結婚したってやつが世の中にはゴロゴロいるんだからな!」


 なんでマウントを取られてるんだろう。

 ネトゲをきっかけに結婚……かあ。私はこのゲームを始めてからと言うもの、ほとんど先輩としかゲーム内で関わってないから、そういうゲームならではの人間関係というものがまだいまいちピンとこない。


「じゃああれですか? 最初に私が声をかけたときも……」

「いや、一番こえーだろ。ネットでいきなり本名呼ばれたんだぞ」

「だったら、普通に話しかけてたらもっと素直に教えてくれました?」

「馬鹿、ゲーム内とはいえ初対面の女子となんか喋れるわけねえだろ」

「清々しいまでの陰キャメンタルですねえ……」


 と言いながら、私は自然にくすくすと笑っていた。

 先輩は自分の好きなことを貫いている人だ。周りのことなんか気にせず、ただ自分の世界に没頭しているその姿を、私は孤独ではなく孤高だと感じていた。

 でも意外と、普通の中学生っぽいところもあるんだ。

 それがなんだか可愛くて、またからかいたくなってしまう。


「それじゃあ先輩、私と一緒にパーティー募集行きましょうよ。私がいたら怖くないでしょう?」

「母親みたいに言うな」

「怖くない怖くない。怖くないよー?」

「小学生をプールで水に慣れさせるときみたいに言うな!」

「先輩って意外とツッコミ上手いですよね」


 このままこうしてじゃれあっていても埒が明かない。

 私は先輩を促して、冒険者ギルドに移動を始める。


「1回パーティー組むくらいなんてことないですよ、きっと。VCを繋がなくても先輩なら何とかなるでしょう?」

「そりゃそうかもしれんけど……」

「希望とかありますか? 優しくて怒らない人がいいとか」

「怒るやつを歓迎するやつはあんまりいねえよ。……そうだな……」


 王都エムルの目抜き通りを歩きながら、先輩は少し唸って考え込んだ。

 それから、奥歯に物が挟まったように言う。


「……男は……避けたほうがいいかもな」

「はい? なんでですか?」

「高確率でお前のナイトになる」


 ないと?


「ただでさえ女子ってだけでもてはやされる世界なんだ。お前みたいな愛想のいいやつ、あっという間に祭り上げられるに決まってるだろ」

「あー……なるほど」


 身に覚えが……ないでもない。

 そうなると確かに、男性は避けたほうがいいのかも……。


「でも、VCを繋がなかったら女子だってわからないのでは?」

「アバターが可愛いだけでも十分だろ」

「……ほぉーん?」


 ちなみに。

 私のアバターは、リアルの私と瓜二つである。


「へえ~? 可愛いですか。言われ慣れてますけど、なんだか先輩からは初めて言われたような気がしますね~?」

「は? ……いやっ、だっ、そういう意味じゃ……!」

「恥ずかしがらなくたっていいですよ? 心の声がぽろっと漏れちゃったんですよね?」

「いいように解釈すんな!」


 興味ないふりして、私のこと、可愛いとは思ってたんだ? へえ~?

 私は喉の奥で笑いながら、


「その感じだともしかして、男の人を入れたくないっていうのも、可愛い後輩に変な虫を近づけさせたくないっていうやつなんじゃないですかぁ? ずいぶんお優しいじゃないですか、せーんぱい?」

「…………それは、…………」


 おや?

 先輩は恥ずかしそうな声で言う。


「そりゃ……多少はあるよ、そういうのも……」

「え……あ……そうですか……」


 え、嘘?

 あの先輩が?

 私に独占欲?


 にわかに顔が熱くなってきた頃、先輩は言いにくそうに続けた。


「一応、先輩だからな――監督責任ってやつがある」

「…………あ……そ、そうですか…………」


 ――……焦ったぁ……!

 本当に先輩が私をそういう風に見てるのかと思った!

 もしそうだったら、私は――

 ――私は、どうしてたんだろう?


「……というか、なんですか監督責任って。子供扱いしないでください」

「子供みたいなもんだろ。妹と同い年だし」

「礼菜さんとは年子じゃないですか! 同い年みたいなもんです!」

「1歳差でも年子って言うのか?」

「まったく! パーティー募集に付き合ってもらってる分際で!」


 そうこうしているうちに冒険者ギルドまでやってきた。

 野良のパーティー募集は掲示板を使うらしい。募集条件を入力すれば、あとは希望者側が勝手に検索して見つけてくれる。


「特に欲しいのはタンクとヒーラー……VCなし、できれば女性希望……」

「そもそも募集して人来んのか? お前は知り合いいないし、俺は人望ないし……」

「まあやってみるだけ得ですよ。――はい、募集開始!」


 掲示板に私たちの募集が反映された、その直後だった。


〈今募集してるケージって本物?〉

〈本物じゃん! 相方がチェリーだし!〉

〈募集初めて見た……。入ってもいいのかな……?〉


 冒険者ギルドのチャット欄がにわかに騒がしくなった。

 私はゲーム内で先輩の顔をじっと見る。


「誰の人望がないですって?」

「悪目立ちしてるだけだっつの……」


 そんなことないと思うけどなぁ……。

 先輩は本当に自己評価が低い。


 ほんの数十秒で、すぐにマッチングの通知が来た。

 すごい。一気に4人も。


〈あの、よろしくお願いします〉


 チャットで話しかけてきたのは、黒髪ロングのアバターを先頭とした、女の子4人組だった。

 まあ、あくまでアバターだから、実際に女の子とは限らないだろうけど……ゲーム内で女の子を演じている以上は、そんなに露骨なことはしないだろう。たぶん。


〈よろしくお願いします!〉


 と私が返事していると、先輩が無言で私の後ろに移動していた。

 監督責任はどこいったの?


〈ケージさんとチェリーさんと一緒にできるなんて光栄です!〉

〈私たちのことをご存知なんですか?〉

〈それはもう! ベータが始まってからずっとトッププレイヤーじゃないですか!〉


《ろねりあ》さんというその人のグループと、私が和やかに談笑している間、先輩はずっと厳しい師匠キャラみたいに黙りっぱなしだった。

 それでも人見知りじゃなくて孤高の強キャラだと思ってもらえるんだから、ゲーム上手い人ってちょっと得だな――いや、逆に損なのかな?








〈ありがとうございましたー!〉


 ろねりあさんたちに別れを告げて、私はほくほく顔でフレンド欄を見た。

 フレンド登録しちゃった。


 会話の内容から本当の女の子――しかもかなり若いっていうのはすぐにわかったんだけど、まさか同じ京都民とは思わなかった。

 先輩からの徹底した教育でゲーム内でリアルの話題を出さないようになった私だけど、さすがに同じ土地の住民と聞いては黙っていられない。

 

 あの4人は私も聞いたことのあるお嬢様学校の生徒だそうで、全員、私の1つ上。

もちろん嘘である可能性を結構長く疑ったけど、どうやらそういうことはないみたい。実際会ってみたらおじさんだった、なんてことはないだろう。先輩も目を光らせてたし。


 同じゲームをやってる女の子の友達なんて初めてだ。

 学校の友達とはゲームの話はできないから、素直にすごく嬉しい。


「お疲れ様です、先輩。本当にずっと黙ってましたね」

「…………DPSは喋ることあんまりないからな」

「それにしたって、相槌ぐらい打ってくれてもいいのに」

「…………女子で盛り上がってんだから、俺が混ざるのは野暮だろ」


 むむ?

 ここ数週間の経験から、私は先輩の声にとある感情をかぎとった。


「先輩」


 口がにやつくのを抑えきれなかった。


「もしかして……寂しかったですか?」

「……馬鹿言え」


 怒ったような低い声で言って、先輩はすたすたと歩き出す。

 図星だ。

 私はその後ろをついていきながら、


「女の子の友達ができたからって、先輩をお払い箱にしたりはしないですよ?」

「心配してねえよ!」

「次はもうちょっと話題を振ってかまってあげますから、機嫌直してくださいよぉ」

「不機嫌になってねえって!」


 いけませんねえ、先輩。

 そういう隙を見せるから、可愛い後輩にからかわれちゃうんですよ?

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