第四十話 木曜日 夕の刻 ・参 〜別の帰り道
印の指さばきがさまになった頃には、とっぷり日も暮れてしまって。
だけど、3人で帰れば黄昏刻も怖くはない。
それにあのルートじゃないし!
……ただ、ちょっと、ここの道、なんか黒い人が多い、気がする。
「凌くん、どうしたの、キョロキョロして」
「凌よ、落ち着きがないぞ。だからくっつかれるんだ」
「そうはいってもさ……こんなに、ここ、多くなかったと思うんだけど……」
「で、凌くん、なにが多いの?」
「あ、橘は大丈夫だよ」
「なに、大丈夫って!」
「地団駄しないで!」
横並びにはならべないので、背の小さな冴鬼を前に、ぼくと橘がうしろをついていく。
「お?……おお」
冴鬼が急に立ちどまり、目を細めた。
ぼくも気づき、のけぞってしまう。
というのも、家が黒くかすんでる。……全部、霊的ななにかだ。
しかも、よくない方の!
「凌くん、冴鬼くん、なんか隠してない?」
「え、いや、なんでもないぞ」
「うん、ダイジョウブ」
「ちょっと、2人とも、なんでそんなに早歩きなの? ね? ちょっと!!」
黒い霧が濃すぎて、表札まで見れなかったけど、なんであんなに黒いんだろう?
「……冴鬼、あの黒いの、なに?」
「……憎しみが大半だったが、わしもよくわからん」
ぼくらが肩を並べると、そこにむりむり橘が入ってくる。
「ほら、なんか2人でコソコソしてる!」
「なんでもないって。ほら、橘、道順は覚えた?」
「アーケード抜けて、大通りにそってるから、全然迷わないってば!」
「そう?」
「あたし、こう見えても、方向音痴じゃないしっ!」
「だれもそうはいってないじゃん」
「あたしにもわかるようにいってよっ! 仲間外れな感じして、イヤなのっ!」
怒鳴ったわりには、ぼくらをぬかして先頭を歩く橘の背中は寂しそうに丸まってる。
冴鬼に目配せすると、肩をすくめてくるけど、好きにしろって意味だと思う。
「橘、」
「なに?」
「その、冴鬼といってたことなんだけど……」
「なになに?」
笑顔で顔をよせてきた橘に、ぼくは「いい話じゃない」とつけたした。
そして、指をさす。
黒く濁った家に────
「さっきの交差点の家、わかる?」
「あの、青い屋根の家?」
「そうそう。あそこが黒い霧で囲われてて……わぁ、見てるだけで寒気がする……」
「へぇ〜……あたしはなんも見えないや。ちょっと残念」
「見えたら気持ち悪いと思うよ。ぼくはたくさん目玉が浮いて見えるんだ」
「やめてよ!!」
「ほら、いったじゃん」
「えー、冴鬼くんもそう見えてるの?」
「ああ、凌と同じだな。わしのほうがもう少しくわしく見えているが……そうだな、あの右側」
「いい! もういいから!」
橘が小走りで離れていく。それを追いかけていくけど、どこか楽しそうだ。
「待ってよ、橘、そこの信号を右だしっ」
「え、ここ? もう少し行かないの?」
「行かないの」
ぼくが橘の肩をくるっとまわす。冴鬼もそれにならって回れ右をする。
「ほら、見慣れた感じしない?」
そう、この道は一昨日帰った日にわかれた十字路につながっているのだ!
「あ、あたしん家、ここまっすぐだ」
なんとなく歩幅がせまくなる。すこしでもこの時間を楽しみたい現れなのかもしれない。
それでも、やっぱり、あの十字路についてしまう。
「ぼくと冴鬼は、左ね」
「蜜花よ、今日のメンチカツ、最高だった!」
「ぼくもあんなおいしいの初めて食べたよ。橘、ありがと」
「べ、別にあたしが食べたかっただけだしっ」
胸をはる橘にぼくらは笑うけど、街灯があかるいにしても、暗い時刻だ。
「橘、送ってく?」
「大丈夫。こっからすぐっていったでしょ? じゃ、凌くんは印を完成させてね。あたしは猫ノートを完成させるから」
「わかった。明日までに印の精度をあげておく。あ、橘がよかったら、なんだけど」
「なに?」
「連絡先交換しない? ぼくさ、今日ちょっといろいろあったから、みんなと連絡がとれるようにしておきたいんだ。冴鬼もスマホとかある?」
橘の表情がくるくる変化する。
……やっぱり、聞いたのまずかった……?
「橘、あの、」
「れ、連絡先ぐらい、いいよ!……はい」
スマホがさしだされたので、ぼくはQRコードをもらい、登録をする。
「凌よ、これのことか……?」
胸ポケットからおそるおそるとりだしたのは、最新のスマホだ。
うけとり、しっかりみたが、化かされたものではない。正真正銘のスマホ!
「ぼくたちのルームをつくるから、冴鬼も宿題とか聞きたいことがあったら、ここにメッセいれて」
「……凌よ、わしは70歳だぞ? 人の世とは離れた生活をしていたんだぞっ?」
冴鬼の必死さに、ドン引きの橘。ぼくは「まあまあ」となだめつつ、スマホの使い方も教えるべきかとうなだれる。
「冴鬼、このマークおしたら、ほら、ふにゃふにゃ動いてるだろ? そのまましゃべってみて」
「……凌のでべそ」
りょうのでべそ
トークルームに文字がうかぶ。
「当分はこれでやりとりできるから」
「おおおお!! 凌はなんでも知っているなっ!」
「……冴鬼くんって本当におじいちゃんなの?」
「わしは嘘はつかんぞ」
眉間にしわがよったままの橘に、冴鬼とぼくは笑いかけてみる。
「お主ら、明日は絶対、呪いを討つっ!」
冴鬼が拳をつきだした。
ぼくらもそこに拳をあわせる。
大小ちがう拳だけど、思いはいっしょだ。
「「「絶対勝つ!」」」
この言葉に、ぼくの呪いが震えた気がした。
かすかに、だけど。
「じゃ、また明日ね!」
颯爽と駆けぬけていった橘を見送り、ぼくらも歩きだす。
「凌よ、呪いの調子はどうだ」
「どうといわれても……唄はずっと聞こえるし、両足だるいし……でも、悲しい気持ちになると、ぼくもそっちにひっぱられそうになるから、橘とか冴鬼の顔見て笑うようにしてる」
「なるほどな。少し祓えればいいんだが、お主のは他のよりも、濃い。どうしてかはわからんが……」
「わかんないものはどうしようもないね」
「お主からそんな言葉がでてくるとは」
「なんで?」
「お主は昔から大真面目だからな」
昔から……?
「冴鬼、あのさ、」
「今日はフジにトンカツを食わしてやるんだ。あいつは人の食い物の旨さを知らなすぎる!」
「そうなんだ。ちなみに、トンカツのコツは?」
「縮まないように筋切りと、少し叩いて繊維をやわらかくする、パン粉はふわっとつけるのが吉」
「完ぺきなトンカツできそうだね」
「まかせろ! わしの天ぷらはサクサクでうまいんだぞ? だから今日のトンカツも大成功まちがいなしだっ」
トンカツの話をしていれば、あっというまに楠公園についてしまう。
「冴鬼、また明日もよろしくね」
「ああ。そうだ、凌よ、これを持っていけ」
いいながら、いきなり冴鬼は自分の親指の爪をかじりとる。
それを楠の葉でつつみ、ぼくに手渡した。
「見た目は悪いが、これを枕の下にいれれば、夢見はよくなるはずだ」
「ちょ……絆創膏とってくるっ」
「大丈夫だ。帰れば元通りだ」
「でも……」
「いいから。わしにはこれぐらいしか今はできん。……印、しっかり身に付けておけよ」
「わかった」
ぼくたちは道路でわかれた。
冴鬼は公園へ、ぼくは家に向かう。
ぼくは冴鬼のほうを見てはいけないと思った。
冴鬼が帰る道をみてしまったら、二度と冴鬼が来ない気がしてしまって。
「あとで、メッセでもいれよ」
ぼくはいいきかせるように、つぶやいた。
ぼくにとって討伐隊は、かけがえのない場所になっているから。
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