第二十八話 水曜日 黄昏の刻 〜祠へ

 生徒玄関でぼくらは肩をがっくり落としていた。

 夜から降るはずの雨が、もう降りはじめていたからだ。


「天気悪かったけどさ」

「このタイミングはないね……」


 橘の声にぼくはつけたした。

 これから急がなきゃいけないのに、こんな天気とは……

 それに───


「ねえ冴鬼、ぼく、黄昏刻って夕暮れぐあいでみてたんだけど、他にどうわかるの?」

「ない」

「え」

「ない。黄昏刻は、あくまで日が落ちた瞬間のような時間帯だ。こう雨が降られると全くわからん。ただこんな天気でもまちがいなく黄昏刻はある。ひきしめていくぞ」


 靴をはき、それぞれに傘を手に玄関をでる。

 小走りで進みだしたうしろから声がする。ふりかえると銀水先生だ。

 だけど、雨だれの音でなにも聞こえない。


「先生、すみません……」


 ぼくは進みだした足を止めないように、小さく頭を下げる。

 そのとき、びしゃりと水たまりにふみこんだ足。

 じんわりと足が冷えてくる。

 呪いの空気もこんなイメージだ。

 寒さならまだしも、生きている人の時間をじわじわ奪うなんて、絶対にゆるせない。


「冴鬼、橘、急ごうか」

「おうよ」

「わかった!」


 走りはじめたぼくらを押すように、風が吹きはじめていた───



 ……雨のなか歩くこと15分。

 あいかわらず、この道路の人通りはすくない。

 ただ真っ黒な雲のせいか、街灯がちらちらついている。

 おかげで、昨日よりも竹やぶが暗く沈んで見えてくる。


「長靴もってくればよかった」


 橘のいうとおり、この雨のなか土の上を歩かなきゃならない。

 絶対にドロドロだし、足はぬかるだろし、汚れるのはまちがいない。


「今日は橘、ここで待ってて。危ないと思うんだ」

「そうだな。わしも二人、守れるかわからん」

「えー! やだっ!」


 びちゃびちゃの地面に地団駄がはじまる。

 白いソックスもドロドロ……


「橘、足も汚れるよ?」

「もうこんなに汚れたんだし、いいじゃん!」


 そういう戦法ですか。


「ここに1人でおいていかれて、変なおじさんとか出てきたらどうすんの?」

「それは……」

「蜜花、お主は足がはやいんだから、そのまま駅まで逃げきれるだろ」


 再び橘が地団駄をふむ。

 むしろ、おすもうさんの四股に近いかも。


「行くっていったら、行くの!!」

「……だってさ、冴鬼」

「しょうがない」


 冴鬼は大きく肩をおとすけど、顔はわらっている。

 こういうとき、すごく大人に感じてしまう。


「絶対にわしのうしろにいろ。前にはくるな。わかったな」


 冴鬼が先頭になる。

 橘を真ん中に、ぼくがうしろに。うしろの場所はさけたくて、けっこうゴネたけどダメだった。


「なぜ、うしろが嫌なんだ?」

「ったりまえじゃん! うしろってなにかときやすいし、いろいろ見えやすいし、とにかくいやなの!」

「だが、呪いが見えるのは、わしと凌だけだじゃないか」

「凌くん、あたしのこと、守ってくれないの?」

「それとこれは」


 ぼくも地団駄をふんでみるけど、効果は全くない……


「……うしろね…うん、わかったけど、橘、肩に手だけのせさせて」

「それぐらいいいけど」

「ほんと、怖いんだ……」


 大真面目なぼくだけど、笑われるとおもってた。

 だけど橘は肩をぼくへさしだしてくる。


「いくらでもつかって! あたしたち、運命共同体だからっ」


 きっとこれが橘にとってはフツウなのかもしれない。

 純粋に人を信じて、頼って、自分の気持ちにまっすぐで……


「橘がいっしょでうれしいよ、ぼく」


 橘はぼくにくるりと背を向ける。


「さ、安倍くん、いこう!」

「そうだな! 今日はちゃんと猫のごはんも懐にしまってきているっ!」



 冴鬼の真の目的は、もしかして、そっち……?

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