第八話 火曜日 朝の刻 ~兄の呪いと転校生

「ここ、どこ……?!」


 寝ていた体を起こしてみるけど、僕の部屋だ。


「え?……あれ夢だった? ウソ……?」


 ベッドに腰かけて思い返してみるけど、ポケットのなかには懐中電灯。

 机の上に並んだ缶コーヒーは、すべてカラ。買ってきた手鏡は、ない。


「どう、なってんの? 冴鬼に怒鳴られたあと、全く記憶がないぞ……?」


 頭をおおざっぱにかいたとき、スマホから7時のアラームがなる。

 ぼくは無造作にそれを止めた。


 兄の部屋からの唄声は、昨日より濃い。

 ぼくはカレンダーを見る。今日は火曜日だ。

 兄の呪いが右腕に増えてるはずだ。


「兄ちゃん、もう起きたー?」


 兄の部屋のドア越しにぼくが声をかけると、部屋のなかで動く気配がする。


「入るよー」


 今日はしっかり目を開けて入った。

 黒い霞が昨日より濃い。ごわごわと動くのが気味が悪い。


「……はぁ……凌、おはよ」


 のっそりと起きた兄はだるそうだ。


「今日は右腕もだるくてさ。肩の関節あたりからジワーって痛くて、朝方、ぜんぜん寝れなかった……」

「つらいね」


 カーテンを開くと、黒い霞がさらりと流れていく。

 部屋のなかはきれいになるけど、兄にまとわりつく呪いは、弱まることはない。


「やっぱ、朝日浴びると気持ちいいもんだな。はぁ、勉強のしすぎだな、これ」


 兄は右肩をぐるりと回す。

 にゅるんと黒いツルがゆれる。

 すぐに兄の腕にからまりなおった。


「兄ちゃん、少しゆっくりしたら? 今週の日曜、じいちゃんとばあちゃんに会いに行かないといけないし」

「ああ、もうそんな時期か。去年は雨だったけど、今年は晴れたらいいな」


 ぼくの肩をつかんで兄は立ちあがった。腕にからむ黒い手が、ぼくの肩もつかむ。

 ふっと息をかけると埃みたいに消えていく。


「どうかしたか、凌?」

「ううん。あ、兄ちゃん、昨日の番組、猫特集したんでしょ?」

「猫がさ、芸するんだよ、こう立ったり」


 いつもどおり朝食を食べ、家を出た。

 ただ、となりから耳ざわりなビチャビチャした音がする。

 吐息をかけるような女の声もぼくにはうるさい。


「凌、宿題は?」

「……ん? 宿題?」

「うん、宿題。俺の声、小さいか?」

「え、いいや、そんなことないっ。宿題、意外と時間かからなくてさ、」


 横にならぶ兄だけど、目の下はクマが。

 歩き方も重そうだ。

 今日は呪いの話を知っていそうな人を探そう……!

 それしかない!!


「あ、新先輩、おはようございます。凌もおはよ!」

「お、翔か、おはよ。じゃ、凌、またな」

「……うん! 兄ちゃん、またね!」


 兄も友だちと合流し、楽しげに歩いていく。

 だけれど、兄の影がとても重い。


 早くしないと……!


 だけど、知っていそうな人を探すって決めたけど、どこから?

 誰を頼れば……?

 校長先生に聞いてみる?

 いきなり話しかけられないしっ!

 もっと年配の先生に当たってみる?

 いや、先生方、みんなここの土地の人じゃない。


 くそっ!

 いや、なにかある。

 絶対ある!!

 だって、呪いがかけられたんだから。

 解く術が、絶対ある……っ!

 考えろ……考えろ……考えろ!!

「……考えろ、ぼく……」

「凌、なにいってんの?」

「あ、いいい、色々!」

「なぁ、転校生が今日来るだろ? 女子かな? 女子かな??」

「転校生……? いや、翔、それより昨日、猫特集だったんだって。ぼく見てなくてさ」


 翔と登校しながらも、ぼくの頭のなかはずっと呪いを解くための方法を考えていた。

 ただ、昨日の『月祈り』がどうなったのか、よくわかっていない。


 だけど、なにも


 小さくため息をついているうちに、朝礼の時間となった。

 担任の田中先生がスカートのスーツを着ている。

 まだ2ヶ月に満たないけれど、先生がスカートのときはヤバい!

 学級委員を決めたり、クラスのスローガンを決めるとかいいだしたときだって、スカートだった。

 ぼくはそういうのに気づく男だ。

 今日は、小テストでもする気だろ、と思っていると、黒板に文字を書きだした。


「昨日いってあったけど、転入生を紹介するねー」


 転校生……?

 昨日、いっていた?

 いや、聞いてない。

 うん、絶対聞いてないっ!

 でも、みんなは知ってるって顔してる……。


「……なにこれ」


 頭がグルグルしてくる。

 黒板の文字をみて、ぼくは絶句する。


「はい、紹介します。安倍冴鬼あべ さきくんです!」


 昨日の、幽霊くん……?!


「わしの名は、安倍冴鬼だ。みな、よしなに頼むぞ」


 みんな頷いてるし、見えてるってこと!?

 どういうこと!??!


 クラスメイトたちは口々に『帰国子女なんだって』『どこの国のハーフなんだろ』なんてことをいっているけど、青い髪の少年が、どこかのハーフとは思えない。

 なんか、ぼくだけ狐に化かされてる気分だ……。


 冴鬼の席はぼくのうしろになるみたい。

 歩いてくる冴鬼のことを半信半疑で見つめてしまう。


「助けに来てやった」


 冴鬼はぼくの横をすぎたとき、そういった。

 口もとだけで笑っていて、生意気そうで、だけど……




 ……なぜか、泣きそうになる………───




「土方くん、安倍くんの面倒みるのよ?」


 顔をあらうように手で目元をこする。


「はい、任せてください」



 ……大丈夫!

 これで、兄を助けられるっ!!

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