図書室はアヤカシ討伐司令室！ 〜黒鎌鼬の呪唄〜

第一話 いつもの日曜日

「凌（りょう）、あの大西のホームラン、すごかったなぁ！」

　２つ先の駅前にある帝天（だいてん）球場まで観戦に行った帰り道。

　５月の今は、夜にむけて気温が下がりやすい。

　今の時間はちょうど日が落ちて間もない時刻だ。

　人の顔は見えないけれど、体はしっかり見える、少し不気味な時間帯──

「……いっ！」

「どうした、凌、また見えたのか？」　

「だ、大丈夫！　む、無視すれば、問題ないしっ」

「そうか？　いつでもいえよ。塩は持って歩いてるし、追い払ってやるぞ？」

「大丈夫だって。ぼく、もう中学生だよ？」

　電柱の影から顔を出していたのは、どう見ても、この世の人じゃない。『幽霊』っていう人種だ。ぼくははっきり見えるから、そういう生物なんだと思うようにしているんだけど。

　やっぱり、すんごく怖いっ！

　ぼくは明るさがほしくて、スマホをたちあげた。父からメッセージがある。

「兄ちゃん、父さんが『新（あらた）と楽しんだかー？』ってメッセきてる。返した？」

「凌、返しといてよ。もうすぐ帰るって」

「はーい」

　こうして兄と歩けるのも今年いっぱい。

　兄は来年、高校生になってしまう。

　通学路もなにもかも変わるだろうし、弟のぼくにかまう暇もなくなるだろうし、ちょっと……いや、けっこう、さびしい……！

　だって、兄は、ぼくの憧れのヒーロー。

　ぼくのことを守ってくれる。ぼくも兄を守れるヒーローになりたい、っていっつも思ってる。

　だけど、なかなかそんなチャンスがない。

　今日だって座席の場所をリサーチして、兄を案内しようとしてたのに、兄のほうがすんなり席を見つけちゃうし。

「なぁ、凌」

　兄の足元を見ながら歩いていたから、驚いて顔をあげた。

　となりの兄の顔が、にごってみえる。

「黄昏刻（たそがれどき）って知ってるか？」

「夕方のことでしょ？」

「ちがうよ。今みたいな時間。夜になりきれてない時間のことだよ」

　中３の兄はぼくより背が高い。

　見下ろしてくる兄の視線は、笑っている。それは白い歯が見えたから。

　ここはあまり人通りがない線路沿いの道路だ。

　だからか、次の街灯が遠い。

「帝天地区（ここ）の言い伝えあるだろ」

「黒鎌鼬（くろかまいたち）の話？」

「そうそれ。この時間のつむじ風は呪いの形。巻き込まれると呪われ……っ！」

　突風がぼくたちをつつんだ。

　いや、ぶつかった。

　ぐしゃぐしゃになった髪を手でなでて、ぼくは目をこする。

「凌、ひどい風だったな……あれ、つむじ風か……？」

　よろけながらたどり着いた街灯の下。

「なぁ、あれ、『呪い』だったらどうする、凌？」

　ぼくをからかうときの兄の笑顔は独特だ。

　にんまりと目が細い。

　それがぼくには、恐ろしかった。

　なぜなら、兄さんの足に、小さくて細い黒い手が、髪の毛のように無数にからみついていたからだ───