漆 呪《しゅ》CRAMBLE(ニ)

「――万事休すだな………」


 一方、真奈が地鳴りを気にしているその間にも、鎧武者の怨霊達は呪術部員を囲む輪の範囲をじりじりと狭めていた。


 今では骸骨の手が握る鋭利な太刀数十本が目と鼻の先にまで迫っている。


 互いの背中を合わせ、輪の中央に固まる部員達であるが、もうこうなっては身動き一つもままならない。


「こんな360°包囲されたら、どうにもできねーじゃねーか! 卑怯だぞおまえら!」


 聞くはずもないが、相浄が怨霊達に向かって文句をつける。確かに彼の言う通り、この状態下で一斉に攻撃を仕掛けられれば、そのすべてを防ぎきることはできない。


「アイヨー! ワタシ、まだ死にたくないヨ!」


「ですよねえ……」


 この絶対的な大ピンチに、梅香は駄々を捏ね、清彦は落胆の表情を見せる。


「思えば、短いながらも充実した人生だったなあ……」


 飯綱もどこか遠くを見つめ、これまでの人生を懐かしげに振り返っている。


 時ここに到り、いよいよ呪術部員達の間には諦めのムードが漂い始めていた。


「ウオオオオオ…!」


 そんな彼らおまえに、早や勝敗は決したとばかりに雄叫びを上げると、鎧武者達は一斉に太刀を振りかぶる。


「最早、これまでか……」


 梨莉花もいつもと同じ冷静な表情で、だが、ほんの少しだけ自嘲気味の笑みを浮かべて覚悟を決める。


「オーホホホホホホ!」


 だが、その時だった。突然、どこからともなく甲高い少女の笑い声が聞こえてきたのである。


 鎧武者達はその奇怪な笑い声に、太刀を振り上げたままの姿でその動きを止める。


「オーホホホホホホ!」


 人を小バカにしたような高笑いが静かな美術室内に響き渡る……怨霊達はその止まった状態のまま、何事かと周囲の様子を覗っている。


「なんだ? この不快極まりない笑い声は……?」


 一方、その笑い声によって総攻撃を免れた呪術部員達であるが、こちらも突然の出来事に何が起きたのかわからず、皆、呆然と立ち尽くしていた。


「オーホホホホ…やはり、わたくし達でなければ、この問題を解決することはできないようですわね?」


 やがて、ふざけた笑い声はそんな上から目線の言葉へと変わる。


 その声に鎧武者達が振り返ったことで多少囲みが崩れ、その隙間から部員達にも声のする方が見えるようになる。


「怨霊のみなさん、今度はこの御国学園魔術部がお相手いたしますわ!」


 美術室の前方、黒板の前に立っていたはその声の主は、なんと、あの御国学園高等部・魔術部の天野瑠璃果とその下僕二名であった。


 瑠璃果は御国学園の制服の上に黒いマントとウィッチハットをかぶって、手には上の方が太くなった樫の木の杖を持つという魔女のような格好をしている。真奈が描いた〝魔女梨莉花〟とちょうど同じような格好だ。


 その後に控えるお付きの二人も今日は黒いトレンチコートに黒いソフト帽、それに黒のサングラスという、まるでUFO遭遇者のもとを訪れるという〝黒尽くめの男達〟みたいなファッションである。


 彼女達のこの特異な服装も、呪術部同様、こうした超常的なものと対峙する際に着用する御国学園魔術部の戦闘装備なのだろうか?


「ざまーないですわね、梨莉花さん。所詮、あなた達の貧弱な力では、この怒れる怨霊達を退治することなど、到底、不可能な話だったのですわ」


 天野瑠璃果は仰け反るように胸を張ると、いつもの嫌味たっぷりな話し方で語り出した。


 本当なら危機一髪のところを助けに来てくれたスーパーヒロインに感謝と喜びの眼差しを向けるところであるが、その姿を見た呪術部の面々は逆に迷惑そうな顔をしている。


「あいつら性懲りもなく……」


 中でも梨莉花はものすごく嫌そうに、苦虫を噛み潰したが如き表情で得意げに語る瑠璃果の方を睨みつけた。


「でも、ツイてましたわねえ。今宵、わたくし達が善意で七不思議の謎を解いて差し上げようと来てみましたら、まあ忠告した通りにも案の定この体たらく……もしも、わたくし達が助けに来ていなければ、今頃、あなた達の救い難き魂は確実に天へと召されていたことでしょうね」


「つまり夜の学校に不法侵入したってことだな……」


 恐ろしいほどの主観で自分達の行為を正当化する瑠璃果に、相浄も呆れた顔でツッコミを入れる。


「ですがご安心なすって。わたくし達が来たからにはもう何も心配いりませんわ。梨莉花さん、この天野瑠璃果と御国学園魔術部が、あなた達ナビ高の弱小呪術部を怨霊達の手から救い出してさしあげますわ!」


 ライバルである神崎梨莉花と神奈備高校呪術部の危機を自らの手で救い、大満足な天野瑠璃果は高飛車な演説を延々と続ける。


 しかし、そうして彼女が優越感に浸っている内にも、その背後には黒い影が迫っていた……。


「さあ、怨霊の皆さん、それにか弱き呪術部の皆さん、わたくし達、御国学園魔術部の力を見せてさしあげますわ!」


「あ、あの瑠璃果さま……」


 気分よく口上を述べている瑠璃果に、お付きの一人・羽見がおそるおそる声をかける。


「わたくしの力の前に、皆、平伏すがいいですわ! オーホホホホホホ!」


 だが、勝利の美酒に酔う瑠璃果の口は止まらず、羽見のことなどガン無視である。


「あの、瑠璃果さま……瑠璃果さま?」


「もう、なんですの? 今、いいところなのに邪魔しないでくださいます?」


 それでもしつこく羽見が名を呼ぶと、やむなく瑠璃果は邪魔臭そうに返事をする。


「あの…それがですね……ちょっと後を見ていただけますか……」


「後? 後がどうしたっていうんですの?」


 気分よく語っていたところを邪魔された瑠璃果は、たいそう不機嫌そうに後を振り向く。


「え……?」


 すると、彼女がそこに見たものは、自分達を背後から取り囲む鎧武者の集団であった。鎧武者達は手に持った太刀を高々と振り上げ、今、まさに襲いかかろうとしている。


「あぁぁ~れぇぇ~およしになってぇぇぇ~っ!」


 蠢く黒い塊の中から瑠璃果の間抜けな叫び声が聞えてくる……瑠璃果とその下僕達は、何もすることなく敗北した。


「……おまえら、バカだろ?」


 呆れ果てた顔で梨莉花が呟く。


「……あの人達、何しに来たんですかねえ?」


 他の部員達も疲れた表情で、鎧武者の群れに消えた彼女達の方を見つめている。


 しかし、そんなアホウな他人にかまっている場合ではない。自分達自身の生命も大きな危険に晒されているのだ。


「チッ……アホの心配などしている暇はなかったな……」


 瑠璃果らを取り囲む鎧武者達は、再び呪術部員の方へと視線を戻す。その動きに梨莉花達も改めて厳しい表情を取り戻した――。




「………………」


 そんな状況を、真奈は部屋の隅で見つめていた。


 窮地に立たされた仲間の姿に、その顔には悲痛な色を浮かべている。


 狩野の方へ目をやれば、依然、怨霊に取り憑かれたままの見るに堪えない有様である。


 最早これ以上、今の怨霊に憑依された状態が長引けば彼の身が持たなくなる。


 さらに、よせばいいのにのこのこやって来た御国学園魔術部の三人も鎧武者達に刃を突き付けられ、今やその命は風前の灯火である。


 真奈は、手の中で熱くなっている神奈備神社のお守りへとその暗く沈んだ視線を落とす。


「もう、限界かな……」


 そして、真奈はある決心をしたのだった――。




「――今度こそ、万事休すだな」


 要らぬお節介のおかげで命拾いした呪術部員達であったが、それも一瞬の平穏に過ぎなかった。


 さすがにもう、彼らを助けてくれるような邪魔が入ることもないであろう。


「まあ、あの人達に助けられなくて、むしろよかったような……」


「ああ。それには俺も同感だ……」


 贅沢など言っていられない状況ではあるが、清彦のその呟きには相浄も激しく同意する。


「でも、どうするのヨ? この絶体絶命空前絶後的大ピンチ?」

「最早これまでだ。だが、誇り高き呪術部員として、最後に一花咲かせてくれようぞ!」


 そんな場合カ! とツッコミを入れる梅香に、落城寸前の城に籠城する武将ででもあるかの如く、飯縄はそう言って金剛杖を強く握り締める。


「だな……」


 飯綱の言葉に梨莉花も短い台詞で頷く。


 他の部員達もコクリと首を縦に振ると、いよいよ覚悟を決めた。


「ウオオオオオ…!」


 だが、敗軍の将な彼女らにも怨霊達は容赦なく雄叫びを上げ、太刀を持つ骸骨の手に力を込める。


「くっ…!」


 梨莉花達呪術部員も最後に一矢報いようと、険しい顔で身構える……。


 そして、鎧武者達の太刀が一斉に振り下ろされようとした、その瞬間!


「ちょっと待ったあぁーっ!」


 なんと、またもや美術室の闇を切り裂き、少女の叫ぶ声が木霊したのである。


 二度目の邪魔をするその声に、怨霊達は再び太刀を振り上げたままの格好でその動きを止める。


「まったく。こんなことがないようにと、せっかくこれまで〝そっち系〟には関わらないようにしてきたっていうのにさあ……あんた達のせいで台無しだよ」


 その声の主は他の誰でもない……そう。それは真奈のものであった。

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