陸 OPEEN THE 七つ目の不思議(三)

「では、みんな集まってくれ。これから第二回七不思議対策会議を始める」


 一方、そうした真奈の知られざる危機クライシスに興味を向けることも幸いにしてなく、梨莉花は昨日と同様、ホワイトボードの前に立つと皆に号令をかける。


 その声に、部員達もやはり昨日と同じく自分の席へと速やかに着く。真奈も上体を起こすと額の汗を拭いながら、円卓に当てがあれたその席で居住いを正した。


「みんな待たせてすまなかった。だいぶ手間がかかったがいい話を聞いて来れたぞ」


「ずいぶん楽しそうじゃないか。いったいどこへ行ってたんだね?」


 機嫌のよさそうな顔で話し始める梨莉花に、待ち切れない気持ちを抑えて飯綱が尋ねる。


「その前にちょっとこいつを見てもらいたい。梅香、例の地図は用意できてるな?」


「あ、ハイハイ。これだヨ」


「よし。それじゃあ、そいつをホワイトボードに貼ってくれ」


 梨莉花は梅香に確認すると、先程、彼女が中央図書館に行って入手して来たという地図のコピーをホワイトボードに貼らせる。


「これは昭和の初期に作られたこの町の地図だ」


 それはA3くらいの大きさの、主要な道路や路線、簡略な街並みなどが描かれた白黒の地図であった。


 昭和の初期に作られたものと言っていたが、確かに現在の街並みとはかなり違ったものとなっている。


 また、そこには神奈備山や神奈備神社など、史跡や神社仏閣、名勝地といったものも描き込まれているのだが、なんのための地図なのだろうか?


「見てもらえばわかるように、この地図には町内の史跡や名勝などが描き込まれている。言うなれば、神奈備町の文化財地図、あるいは観光資源地図と言ったところだな。で、注目してもらいたいのはここだ!」


 そう説明すると、梨莉花は持っていた指示棒を地図の上に向け、神奈備山の麓の何も描かれていない空白地をなぜか指し示した。


 まったく何もない場所らしいが、その近くには神奈備神社を示す鳥居のマークが見受けられる。


「ここは現在、この神奈備高校が建っている場所だ。戦前には山中の原野になっていたらしい。その利用されていない広い土地に目を付けて、戦後、昭和30年代の高度経済成長期にこの高校が建てられることになったというわけだ」


 なるほど……この高校ができる前は山の中の原っぱだったのか。それで地図には何も描かれてないで白いままなんだな。


 梨莉花の説明に、一応、真奈も納得してうんうんと頷く。


「さて、そうした歴史的経緯を頭に入れてもらったところで、もう一度この場所をよく見てもらいたい。字が書いてあるのがわかるかな?」


 その言葉に、部員達は身を乗り出して地図のその部分に注目した。真奈も立ち上がり、身体を「く」の字にして目を細めてみる。


 すると、その何もないと思っていた空白地の真ん中辺りには、史跡を表すと思われる小さな石碑のようなマークが印されており、さらに目を凝らすと、その上にはこれまた小さな文字の書き込まれているのが見て取れる。


「神奈備山城?」


かんなぎ氏古戦場?」


 そこに記されていた二つの史跡名を、皆、訝しげな顔で口々に呟いた。


「そうだ。鎧武者がどうのと例の三人組が言っていると聞いて、不意にそのことを思い出したんだ。現在、我々がいるこの地には戦国時代にここら辺を治めていた豪族・かんなぎ氏の小さな山城があり、となりに領地を持つ神宮寺じんぐうじ氏との間で戦があった場所でもあるらしい。つまり、この高校は古戦場の上に建てられてるってことだな」


「ここって、んなヤバイ場所だったのか? そんなの初耳だぜ……ってか、ちょっと待てよ、じゃあ、例の三人が言ってた鎧武者って…」


 梨莉花の話の途中で、何かに思い至った相浄が口を挿む。


「まあ待て。わたしもそう思ってな。今日、当時のことに詳しいという郷土史家の古老のもとへ話を聞きに行って来たのだ。今ではその痕跡すら目にすることもできず、すっかり忘れ去られて研究者ぐらいしか知る者もおらんからな」


「なるほど。それで帰りが遅かったんですね」


 清彦も大方を理解し、もの知り顔で合いの手を入れる。


「そういうことだ。で、その古老に聞いたところによるとだな。戦で死んだ兵達の遺体を集めて葬ったという供養塔が、まだここが原野だった頃には立っていたらしい。しかも、その供養塔があった場所というのが、どうやらちょうどこの校舎の真下に当たるようなのだな。まったく、なんとも罰当たりなことをしてくれたものだ」


「ようするに、その供養塔を壊して、この学校を建てたってわけですね……壊す時に、魂抜きはちゃんとしたんですかね?」


 その答えを薄々は予想しながらも、清彦が再び口を開く。


「おそらくはしてないだろうな……なにしろこの校舎が建てられたのは高度経済成長期真っ只中、どんどんと古いものを壊し、新しいものが作られていった開発ラッシュの時代だ。何よりも開発を優先するというその頃の風潮ならば、その非常に可能性は高い」


「つーことは、やっぱり、その供養塔に眠ってた戦没者の霊が鎧武者……」


「ああ、状況からしてそう考えるのが妥当だろう。例の三人組が言っていた――おそらくは七つ目の不思議の場所で見た鎧武者というのは、その供養塔を壊されたことによって眠りから覚めた兵士達の怨霊だ」


 確認するように呟く相浄に、今度は梨莉花もはっきりと相槌を打った。


「それからもう一つ。それとは別に、今日はおもしろいことがわかったぞ」


「ん、何だよ? おもしろいことって?」


「ほら昨日、飯綱君が例の三人に七不思議の七つ目を知る方法を教えたのは大東という娘ではないかと話していたろう? 今日の休み時間、さっそくその大東にも会って来たんだ」


「ああ、あの歩くスポーツ新聞……で、やっぱり教えたのは彼女だったのか?」


 不意に出た自分の名前に、今度は飯綱が尋ねる。


「ああ、噂通りにやつだった。なんでも、どうしたら七つ目を知ることができるのか? という話題で友人達と無駄話をしてたところ、偶然、通りかかったあの三人に聞かれたらしい。それでしつこくせがまれたんで、本来ならけして他人に語ってはならないと云われているその具体的方法を仕方なく彼らに教えたのだそうだ」


「なるほど……さすがは歩くスポーツ新聞。そんなことまでカバーしているとは……」


「まあな。大東と三人の例を見るが如く、いくら他人に話してはならぬと言われても、やはり人の口に戸は立てられないということだろう……それより重要なのはここからだ。彼女から聞いたその七つ目を知る方法というやつなのだがな、これが実に興味深いものだったよ」


「というと?」


「その方法というのはな。〝七不思議の場所に隠されている奇妙な文字の書かれた物を取り除く〟というものだったんだ」


「なんだって?」


 瞬間、部員達の間にざわめきが巻き起こった。


「じゃ、じゃあ、あの七不思議の場所にあった梵字が消されていたのは…」


 相浄は椅子から腰を浮かせると、目を丸くして呟く。


「ああ。間違いない。三人が七つ目を知るためにやったんだ」


 そっかあ……あの金次郎の本がなくなってたり、ベートーベンの裏とかの紙が剥ぎ取られたりしてたのにはそういう意味があったんだぁ……。


 思わぬ方向へと向かい始めた今回の事件の真相に、他の者達同様、最初は興味のなかった真奈も密かに知的興奮を覚えている。


「でも、その大東って人、よく教えてくれましたね。その方法は一応、他人に言っちゃいけないことになってるんでしょう? 三人が入院するようなことがあった後ですし……」


 ふと、そんなそこはかとない疑問を抱いた清彦が、不思議そうな顔で梨莉花に尋ねる。


 確かに自分が話した相手があんなことになったわけだし、さすがの〝歩くスポーツ新聞〟でも今度は自分が祟られるのではないかと警戒して、普通ならもう、七不思議の話題にすら触れたがらないんじゃないだろうか?


「いや、けっこう協力的だったぞ? まあ、最初はさすがに話すのを嫌がっていたが、七不思議の祟りに遭うのと、今ここで私に呪われるのとどちらがいい? と尋ねたら非常に親切に教えてくれた」


 やっぱり脅したのか……。


 部員達は思った通りという呆れた眼差しで、なんだか得意げに腕組みをする梨莉花を眺めた。


「でも、そうなると僕の調べた話とも合ってきますね」


 呆れ顔から一転、真面目な表情に戻ると、今度は清彦が腕を組んで話し始める。


「ん? どういうことだ? そういえば昨日、おまえも気になることがあるとかなんとか言っていたな」


「はい。もう皆さんご存知の通り、七不思議の起こると云われる場所で、一つの例外を除いて必ず見付かる梵字の記された代物……僕はそれを置いた人物に心当たりがあったんで、ちょっと学校の図書館に行って調べてみたんですよ」


「ほう……そいつは興味深いな。誰だそれは?」


「ああ、そうだ! 早く教えろよ」


 その話には、先程訊いた時に教えてもらえなかった相浄も食い付いてくる。


「神奈備高校第二代目校長、賀茂真澄かものますみです」


「校長?」


「昭和の30年代後半に校長だった人物です。賀茂真澄は校長という表の顔とは別に、その裏では隠秘学者オカルティストとしての顔も持っていた方で、洋の東西を問わず様々な呪術に長けていたと云われています。一説にはこの呪術部の設立にも関与しているとかなんとか……」


「ああ、そう言えば、私も先代の部長達からそんな話を聞いた憶えがあるな……その賀茂真澄校長があの梵字を仕掛けたというのか?」


「はい。確信はなかったんですが、もしかしたらそうじゃないかと思ったんで、この神奈備高校の学校史を洗って調べてみたんです。そうしたら案の定でしたよ。あの本に梵字が鋳出されている二宮金次郎像を建てたのは、そのものずばり賀茂真澄校長です」


「それは確かな話なのか?」


 梨莉花はいつになく興奮気味に、その切れ長の目を大きく見開く。


「ええ。毎年出されている『神奈備高校同窓会会報』の古い号を見てみたら、その記事がちゃんと載ってました。そればかりか、あの音楽室の肖像画も、廊下の大鏡も、階段の所にかかっている絵も、すべて賀茂校長の代に購入されたものです!」


「……そうなると、賀茂校長が梵字を仕掛けた可能性は大だな」


 目の前に並べられた有力な論拠に、疑り深い梨莉花も素直に頷くのだったが、まだそんなのは序の口とばかりに清彦はさらに続ける。


「それだけじゃありません! これにはまだ続きがあるんです。それがさっきの梨莉花さんの話とも合ってくるんですが、当時の文集や学生新聞なんかを見てみたところ、その賀茂校長の代より前には七不思議の話ではなく、まったく別の怪談話が語られていたんです」


「まったく別の怪談?」


「ええ、そうです……それがなんと、鎧武者の幽霊の話なんですよ!」


「……?」


 驚くべきその事実の一致に、部員一同そろって言葉を失った。このできすぎた話には、さすがの梨莉花も口を半開きに面喰らっている。


「特に学生新聞の記事なんかじゃ、この鎧武者の幽霊の話が頻繁に出てくるんですが、当時は例の三人組のように原因不明の高熱を出して寝込んだり、発狂したりする生徒が続出していたようなんです」


「……つまり、その鎧武者の霊を封じるために賀茂校長があの梵字を……」


 飯綱が、ついに今回の一件の核心に触れる。


「なるほどな……これですべてが一つに繋がったというわけだ」


 そして、梨莉花がそれを継ぎ、これまでの話を統括する。


「戦国時代の古戦場にこの神奈備高校は建てられたが、その工事の際、魂抜きもぜずに供養塔を壊したことで鎧武者の怨霊が現れるようになり、その祟りに遭う生徒達も相次いだ。ちょうどそんな折、二代目の校長として赴任した隠秘学者で呪術にも長けていた賀茂真澄は、梵字を用いた何らかの呪法によってその鎧武者の霊を封じ、その後しばらくの間は鎧武者の霊が眠りから覚めることもなく、神奈備高校には長らく平穏な日々が続いた。ところが最近になって、例の三人の男子生徒が興味本位でその呪法を解いてしまい、鎧武者の怨霊は蘇り、彼らは病院送りになった……というところだな」


 長い台詞を言い終えると、梨莉花は一端、肩の力を抜く。そして、一息吐いてから最後に改めて結論を述べる。


「即ち、七不思議の七つ目とは供養塔に眠っていた鎧武者の怨霊のことであり、七不思議の場所に書かれている梵字というのは、その鎧武者の怨霊を封じるために仕掛けられた呪法の構成要素だったんだ!」


 まさか、七不思議の裏にこんな壮大なドラマが隠されていたなんて……。


 予想だにしなかった七不思議の真実に、呆然と話に耳を傾ける真奈は驚きを隠し切れずにいる。


 それは、他の部員達とて同様であろう。


「……それで、賀茂校長の代以後には、鎧武者の怪談に変わって七不思議の話が語られるようになったというわけですね」


 しばしの沈黙の後、清彦が梨莉花の補足をするかのように呟く。


「でもよお、なんで、その賀茂っていう校長が仕掛けた梵字の呪法が七不思議の話なんかになっちまったんだよ? 本来は怨霊封じるために梵字書いといた場所だろ? それがどうして怪談の舞台なんかに? それじゃあ、まるっきり逆じゃねえか。それに今日廻ってみた時にも、あの場所で怪異が起こるようにはとても思えなかったしよう……」


 清彦の話に今度は相浄が、先程、真奈達と巡った七不思議の場所を思い浮かながら不可解そうに疑問を口にする。


「ああ、それについては……これは私の推測なんだが、たぶんこういうことだろう」


 その誰もが感じている素朴な疑問には、清彦に代わって梨莉花が答えた。


「おそらく、鎧武者の怨霊を封じるために置かれた梵字がその力を発動する際、ある種の超常現象を引き起こしたのではないだろうか? 踊る二宮金次郎というのは、力の発動によって起こる振動で銅像が踊っているように揺り動かされ、目の光るベートーベンは、同じく力の発動が肖像画の目を光らせた。鬼の映る鏡というのは、鏡の裏に貼ってあった梵字が表す仏尊――軍荼利明王の姿が鏡に映ったのではないかな? 憤怒の相をした軍荼利明王も見ようによっては鬼みたいに見えるからな」


「じゃ、一段増える階段ハ?」


 興味深い梨々花の推論に、梅香が目を輝かせて尋ねる。


「それも力の発動で空間が歪み、階段の数が変化したのだろう。もしかすると、不開の体育倉庫の建てつけが悪くなったのも力の発動によって歪んだためなのかもしれんな……まあとにかく、そうして時折起きた怪奇現象を目撃した者達がいて、その者達の体験談が噂となって広まり、そして、それまでは別々に語られていたそれらの噂が後に七不思議という一続きの怪談話にまとめ上げられて語り継がれてきた……ってとこではないのかな?」


 梅香の質問に答えると、引き続き梨莉花はすべてをまとめて七不思議の真相を述べる。


「それと、七不思議の七つ目が鎧武者の話になっていて、そのことやそれを知るための方法が秘密にされていたというのも、どう伝わったのかは知らんが、賀茂校長が怨霊を封じたという過去の記憶が潜在的に生徒達の間に受け継がれて来たためなのかもしれんな」


「なるほどお……」


 七不思議を巡る時空を超えた一大スペクタクルに、部員達は再度感心すると、全員腕を組んでうんうんと頷きながら唸った。


「でも、梵字を使ってるのは確かにしろ、賀茂校長がどんな呪法をかけたのかがまだわかりませんね。一体どのように梵字を配置したのか……」


 謎を解いた満足感にしばし浸った後、清彦が残された最後の疑問を口にする。


「そうなんだヨ! なんでアノ場所なのカ? その法則性ガぜんぜんわかんないんだヨ!」


 その話題には風水師である梅香も声を荒げて参加する。


 確かに七不思議の場所――即ち、梵字の書かれた物の置かれていたそれぞれの場所に、どのような法則性があるのかということについては今もってわかっていない。


「ああ、そういや、六つ目の人体模型のとこの梵字もなんなのかわかってなかったな。まずはそいつがわからねえことには……」


「そうだな。六つ目の梵字のことがまだあったな」


 梅香に言われ、すっかり忘れさっていた相浄や梨莉花もそのことを思い出す。


「あっ! 六つ目……」


 すると六つ目という言葉を聞いて、それまでずっと黙っていた真奈が俄かに反応を示す。


「ん? まーな、何か知ってるのか? ……そういえば、おまえには渋沢から昔の七不思議について聞いてくるよう言っておいたんだったな。で、何かわかったのか?」


「えっ…あ、はい。それが渋沢先生の話によると、なんか、昔は六つ目の不思議がちゃんと決まってなかったみたいなんですよ」


「決まってなかった? ……どういうことだ? 詳しく説明しろ」


「はい。他の一つ目~五つ目と、最後の誰も知らない七つ目は今と変わらなかいんですが、なんでも先生の頃の六つ目は、人によって七不思議に加える話が違ってたみたいなんです。今と同じ歩く人体模型のこともあれば、手の出るトイレとか、男子生徒の霊が出るプールとかいう話のこともあったりなんかと…」


「なんだって?」


 話の途中で、突然、梨莉花が大声を上げた。


「ちょっと待て。じゃあ、昔から歩く人体模型の話が六つ目ではなかったというのか?」


 真奈は、梨莉花の想像以上の反応に少々面喰いながら答える。


「…は、はい。そうみたいですけど……」


「バカ者! なぜそれを早く言わない!」


「うひっ!」


 ……うう、やっぱり怒られた。


 わざわざ職員室までふざけた質問をしに行った努力も虚しく、真奈は結局、梨莉花に叱られる結果となった。


「そうか。あれだけは他と違って、もとからある話ではなかったのか……なるほど。そうなると少々事情は変わってくるな」


目を瞑り、首を竦める真奈を無視し、梨莉花は顎に手をやりながら口元に不敵な笑みを浮かべる。


「ええ。それなら人体模型の所に梵字が見付からなかったことも、他の七不思議が全部一階だったのに、あれだけが二階だったということにも納得できます」


 清彦も少し興奮気味に、梨莉花の言葉に相槌を打つ。


「おそらく〝六不思議〟ではしまりがないので、適当な話を一つ加えて数を七に合わせたんだろう。ま、七不思議だの、日本三大〇〇だのといった類は得てしてそういうものだ。で、いくつかあった六つ目の中で、その内、人体模型の話に自然と落ち着いた……つまり、人体模型だけは賀茂校長が仕掛けた梵字の呪法とまったく関係ないものだったわけだな。梵字が見付からないのだって、もとからそんな物ないのだからそれも当然の話だ」


「なんだよ! 初めっからねーのかよ! クっソ~っ! 調べて損したぁ~!」


 六つ目の真相に、骨折り損のくたびれ儲けだった相浄が悔しそうに喚く。


「さて、そうするとだ……梅香、昨日の見取り図を出してくれ」


 だが、いつもの如く、そんな相浄を気にかけてやることもなく、梨莉花は梅香に神奈備高校の見取り図を見せるよう求める。


「ハイヨ!」


 梅香が見取り図を出して机の上に広げると、部員達は円を描くようにその周りを取り囲んだ。


「ご覧の通り、ここには七不思議の内の七つ目を除いた六つの場所が●印で印されているわけなのだが、昨日見た限り、ここから何らかの法則性らしきものを導き出すということはまったくもってできなかった。しかし、人体模型だけは後付けであり、梵字とも無関係であるとわかった今、そいつをこの中から取り除くとだ……」


 そう言って、梨莉花はペンで六つ目・歩く人体模型を示す●印を×で消す。


「さあ! こうするとこの五つの場所から何かが!」


 部員達は目を凝らし、校舎の見取り図をじっと見つめる。


「…………」


「きっと、何かがっ!」


「………………」


「何……かが……」


 しかし、いくら見つめてみたところで、そこに法則性を見出すことはやはり難しかった。


「…………見えてこないな」


 盛り上がっていた梨莉花は、その反動で一気に盛り下がる。


「なかなか手ごわいですね……」


 清彦も眉根を下げ、お手上げだという表情をそのメガネの後に浮かべてみせる。


 と、その時。


「……ア、お星様」


 なおも見取り図を見つめていた梅香が、何気にポツリと呟いた。


「ん? 星? ……星がどうかしたって?」


 がっくり肩を落しながらも一応その言葉を拾って、梨莉花が特に期待することもなく中華ロリ少女に尋ねる。


「ホラ、お星様だヨ。この五個の●印を結ぶとネ……」


 そう説明しながら梅香は、七不思議の五つの箇所を鉛筆の線で結んでいった。すると、そこには五つの角を持つ星型「五芒星ごぼうせい(※画像参照)」が浮かんだのである。


「五芒星……そうか! くそっ、僕としたことがなんで気付かなかったんだぁ~っ!」


 その星型を見た瞬間、清彦が両手で頭を抱え、なぜだかひどく悔しがり出す。


「ど、どうしたんだよ? いきなり……」


 その突然の豹変振りに、となりにいた相浄はひどく驚いた様子で清彦に尋ねる。


五行ごぎょうですよ! 相浄君! 飯綱さん!」


「ごぎょう?」


 いつもの如く、初めて聞く意味不明の言葉に真奈は小首を傾げる。


「〝五行〟っていうのはね、陰陽道やその母体となった中国の民間信仰〝道教〟の根幹をなす五行説で解かれる、この世界のすべてのものを構成するとされる五つの元素のことですよ。木火土金水もっかどごんすい――陰陽道や道教ではこの木、火、土、金、水という五つの元素の組み合わせによって、すべての物ができていると考えるんだ」


 こちらもいつもの如く、清彦は懇切丁寧にその専門用語を説明すると、そのままさらにより専門的な話を続ける。


「いいですか皆さん。この五行には、それぞれそれに対応する方位というものが決められています。木は東、火は南、金は西、水は北、そして土は中央というように……これ、何かに似てると思いませんか?」


「五大明王か!」


 清彦の質問に、飯綱が即座に答えた。


「そう。五大明王です。一方、この五芒星――別名、晴明桔梗文ともいい、かの大陰陽師・安倍晴明が創った図形とも伝えられますが……この星の五つの角がそれぞれ五行の一つに対応し、木から火が、火から土が、土から金が、金から水が生まれ、再び水から木が生まれるという五行が循環しながら発生する過程を示した〝五行相生ごぎょうそうしょう〟と、その逆に木は土に勝ち、土は水に勝ち、水は火に勝ち、火は金に勝ち、金は木に勝つという力関係を示した〝五行相克ごぎょうそうこく〟との二つの法則性を表しています。その五芒星に配される五行の順番は、木…火…土…金…水の、この順番です」


 語りながら清彦は、ペンで見取り図をパシパシと叩きながら、五芒星の五つの角を順に示していった。


「ああっ!」


 それを見て、他の部員達は全員一斉に驚きの声を上げる。


 なぜならば、木は降三世明王の梵字があった〝目の光るベートーベン〟、火は軍荼利明王の梵字が置かれた〝鬼の映る鏡〟、土は不動明王の〝不開の体育倉庫〟、金は大威徳明王の〝一段増える階段〟、そして、最後に残る水は金剛夜叉明王の〝踊る二宮金次郎〟に配されていたからだ!


「皆さん、もうお分かりですよね? 木には東を護る降三世、火には南を護る軍荼利、土には中央を護る不動、金には西を護る大威徳、水には北を護る金剛夜叉……これは、属性が同じ物同士互いに照応関係にあるという〝万物照応ばんぶつしょうおうの法則〟に従い、五行を示す五つの角にそれに照応する五大明王を配した巨大な五芒星だったんですよ! その五芒星によって、賀茂校長は鎧武者の怨霊を封じたんです!」


「なるほど……」


「そうだったのか……」


 部員達は見取り図の上に描き出された五芒星を見つめ、皆、一様に息を呑んだ。


 なんとも壮大で、そして、なんとも緻密な仕掛けである。


 しかし、梅香はケロっとした顔で清彦に尋ねる。


「……で、七つ目の場所はどこなの?」


「えっ? …い、いやあ、僕もまだそこまでは……」


 自信を持って自論を展開してみせた清彦であるが、梅香の意表を突く質問には図らずも動揺させられてしまう。


「いや、待て。古来より五芒星は洋の東西を問わず魔を封印する際に用いる図形として広く知られている……」


 だが、そんな清彦に代わって、それに答えたのは梨莉花だった。


「そして、五芒星を用いて魔を封印するとすれば、その魔のいる位置は図形の真ん中……ここだ!」


 そう言い放つと梨莉花は、持っていた指示棒でパシンっと五芒星のど真ん中を叩いた。


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