伍 部室 DE MEETING(三)
「――ふぁ~あ。疲れた疲れた。会議ってのはどうも苦手でいけねえ」
会議の閉会とともに本日の部活動も終了となり、皆で学生棟を出たところで相浄が大きなあくびをする。
「おまえ、一応は坊主なんだから、少しはじっとしてることにも慣れろ」
「んなこと、言ってもよぉ」
「……ホ?」
そんな行儀のなってないお寺の息子に梨莉花がお説教をしていると、不意に梅香が何かを見つけて、頓狂な声とともに立ち止まる。
「ネエネエ、あそこにいる人達、ちょと変だヨ」
「ああん?」
「どこだ?」
梅香が指差すその先を見ると、向こうの校舎の影に3人の人物の姿が小さく確認できる。
さらに目を凝らしてみると、どうやら女子1人の男子2人らしく、神奈備高校指定のあずき色をした体育ジャージを着ている。
「一応、うちの生徒みたいですけど、そう言われてみればなんか変ですね……動きが」
格好からするとナビ高の生徒のようであるが、清彦が言う通り確かに動きが変である。挙動不審といおうか、何かこそこそと隠れているような感じだ。
「あれ? あの顔、どこかで……」
遠くてはっきりとはわからないが、3人の顔をずっと見つめていた真奈がぽつりと呟く。
「ああ。俺もなんか見たことあるぞ……」
それには相浄も賛同する。また、同様に他のみんなも頷いている。
「まあ、うちの生徒なら見たことあるのも当然だろう……」
そう言って、梨莉花も目を細めて遠くに見える3人の顔を凝視した……が、次の瞬間。
「ああっ! あいつらっ…」
梨莉花は思わず大声を上げたのだった――。
「――瑠璃果さまぁ……ほんとに大丈夫ですかねえ?」
あずき色の体育ジャージを着た男子生徒の片方が、キョロキョロと辺りを覗いながら不安そうに尋ねる。
「なに情けない声を出してるの、羽見! こういう時は堂々とした態度でいなくてはいけなくてよ。下手にこそこそしていれば逆にバレてしまいますわ」
「ですが、瑠璃果さま。ここはやつらの本拠地ですよ? もしも見つかりでもしたら……」
もう一人の男子もおどおどとした様子で、首を振り振り、周囲を忙しなく見回している。
「保務、あなたまで……あなた達、そんなことでよく魔術部の副部長と書記が務まりますわね? 大丈夫よ。不本意ながらも、こうしてちゃんとダサいナビ高のジャージまで着て来たんですから。あのアホでマヌケな神崎梨莉花に、この完璧なまでの変装を見破ることなど到底できはしませんわ。オーホホホホホ…」
「ほー、アホでマヌケな私では見破れませんか……」
…ビクっ!
突然、背後から聞こえた女性の声に、3人の不審者は凍りつく。
それは、明らかに聞き憶えのある声であった……3人はおそるおそる、まるでコマ送りのようにゆっくりと、その声のした背後を振り返る
「か…神崎…梨莉花……」
そこに立っていたのは紛れもなく、神奈備高校呪術部部長・神崎梨莉花であった。
梨莉花は仁王立ちして腰に手をやると、微動だにすることなく3人の青ざめた顔を見据えている。その永久凍土のように冷徹な視線がとてつもなく恐ろしい。
「御国学園高等部魔術部部長・天野瑠璃果とその
梨莉花が気迫の籠った声で3人を問い詰める。
そう……その3人は御国学園魔術部の天野瑠璃果とその下僕…もとい、同じく部員の
「ああ。あの人達、あのカラオケの時の……」
一緒に傍までやって来ていた真奈も、梨莉花の言葉を聞いて納得した様子である。
「そ、そんな人知りませんわ……ひ、人違いじゃないですの?」
天野瑠璃果はそう言って、この期に及んでもあくまでシラを切った。
だが、そのきょろきょろと忙しなく動く目をけして梨莉花とは合わせようとしない。
さらに綺麗なオデコには嫌な汗まで滲ませている。
「嘘つけ! そんな悪どい顔したやつが、陰険で性悪な天野瑠璃果以外どこにいるっ!」
「だ、誰が陰険で性悪ですってっ? ……ハッ! しまった」
瑠璃果は思わず梨莉花の挑発に乗ってしまった。
「クッ…よ、よくぞ、わたくしの完璧なまでの変装を見破りましたわね」
「どこが完璧な変装だ? ただうちのジャージ着ただけだろうが! …というか、どこからそのジャージ手に入れた?」
「ああ。この趣味のよろしくないジャージのことですこと? これは先程、親切な神奈備校生の方からいただいたんですわ」
「親切? ……フン、どうせまた呪いをかけるとかなんとか言って脅し取ったんだろ?」
「失礼な! ちゃんとお金をお渡しして協力してもらったんですわ!」
瑠璃果は胸を張って、きっぱりとその疑いを否定する。
…っていうか、それって買収じゃん。
二人のやり取りを後ろから見守る呪術部員達は、心の中でそんなツッコミを入れた。
「今回は金の方か……」
梨莉花も肩を落し、呆れた顔で瑠璃果を見つめている。
そういえば、御国学園といったら良家の子女が集まるお坊っちゃま・お譲さま学校である。
あの高飛車な言葉使いからしても、どうやら天野瑠璃果はいいとこのお嬢様のようだ。きっと自由になるお金もけっこう持ってるのであろう。なんと
「いや、そんなことよりおまえら、ここで何をしている? これはなんの企みだ?」
梨莉花は一歩前に足を踏み出すと、鋭い口調で瑠璃果に迫った。
「フフン…企てだなんて人聞きの悪い。わたくし達はあなた方を助けようと思って、わざわざ来てさしあげたんですのよ」
しかし、正体を偽ることを諦め、完全に開き直った瑠璃果はうろたえる風でもなく、堂々と鼻で笑って梨々花に言葉を返す。
「助ける?」
「聞きましてよ? 七不思議の祟りで生徒が入院しているそうじゃないですの」
「またずいぶんと地獄耳だな」
「オホホホ…うちの諜報能力を甘く見てもらっては困りますわね。あなた達のところはおろか、この近隣すべての学校に協力してくださる方々がいらっしゃるんですのよ? 皆さん、わたくし達の崇高な活動に快く賛同してくださり、自らいろいろと教えてくださりますわ」
「つまり、金で情報買ってるってことだな」
「………………」
偉そうに語る瑠璃果は、真相に迫る梨莉花の言葉に沈黙した。
「……ま、まあ、そんなことよりも話をもとに戻しますけど、あなた達の低レベルな能力では、到底この難題を解決することは不可能かと存じまして、このわたくしが直々にお手伝いをしに来てさしあげたということですわ」
自分に都合が悪くなったので強引に話題を引き戻すと、瑠璃果は梨莉花とその後ろに控える呪術部のメンバーを見回しながら、見下すようにしてそう告げる。
ただし、今は借り物のジャージ姿のため、見下してみてもあまり様にはならない。
「ほ~それはそれはどうもご親切に。ですが、当方はすでに間に合っておりますので、どうぞお引取り願いますかな?」
対して梨莉花も顔を仰け反らせて上から目線になると、丁寧ながらも皮肉たっぷりな口調で瑠璃果に返す。
「あ~ら遠慮なさらなくてもいいんですのよ、梨莉花さん。非力なあなた達はお引っ込みになられて、この件はわたくし達、御国学園魔術部にお任せなさい」
「いいえいいえ、ぜんぜん遠慮なんかしていませんよ、瑠璃果さん。これしきの問題、我ら神奈備高校呪術部の力だけで充分。むしろ大量にお釣りが返ってきて困るほどです……なんなら、本当に我々が力不足かどうか、実際に目の前でお見せいたしましょうか?」
上品なその話し方とは裏腹に、梨莉花の目がいつにも増して鋭くなる。
「まあ、わたくしとやるおつもり? ずいぶんと身の程知らずなことですこと」
そう返す瑠璃果の目にも刃物のような鋭さが不意に宿る。すっかり忘れさられていたが、両脇に控える二人のお付きき魔術部員もそれを合図にして身構える。
「それはこっちの台詞だ! 貴様達、今の自分の立場というものをまるでわかっていないようだな。ここをどこだと思っている? ここは神奈備高校だぞ? 我らにとっては庭のようなものだ。場の力はこちらに味方する。そんな完全アウェイな場所で私に勝てるとでも思っているのか? だとしたら、ずいぶんとおめでたいことだな」
普段の男口調に戻ってそう告げると、梨莉花は口元を少し吊り上げ、
「な、なんですてぇっ?」
「それに、頭数でもこちらの方が勝っていることを忘れてはいないか?」
ジャキン…!
そして、怒りを顕わにする瑠理香にそう付け加えるのと同時に、真奈を除いた呪術部員全員が戦闘態勢を取る。
彼らの手にはどこから出してきたのか? 御札やら、
一方の魔術部三人も、柄が黒檀でできた〝アセイミー〟と呼ばれる魔女の短剣を瑠璃果が、羽見は先端に蓮の花の飾りが付いた短い魔法の杖〝ロータス・ワンド〟、保務は〝ペンタクル〟という西洋魔術で使われる五芒星の描かれた円盤なんかをそれぞれジャージの懐から取り出す。
梨莉花達呪術部と瑠璃果達魔術部の間に、一触即発の緊迫した空気が流れた………。
なんか、町のギャングの抗争みたい……なんとなくウエストサイドストーリー?
独り傍から眺めている真奈は、そんなブロードウェイ・ミュージカルな感想を抱いた。
「………………」
梨莉花達と瑠璃果達、二つの若者グループの睨み合いがなおも続く……だが、瑠璃果達が戦力においても地の利においても、梨莉花達に劣っていることは明々白々の理である。
「チッ…今日のところはあなたの顔を立ててこれまでにしときますわ……でも、この七不思議の件、必ずやこの天野瑠璃果と御国学園魔術部が解決してみせますから、そのことをお忘れなきよう……」
などと偉そうなことを言いながらも、瑠璃果は視線を逸らさぬまま後退りをしている。
「さっ、羽見、保務……撤収ですわ~っ!」
そして、梨莉花達の攻撃が及ばないよう、ある程度の距離を確保すると、くるりと背を向けて一目散に走り出した。
「あっ! 瑠璃果さま!」
「ま、待ってくださいよ~っ!」
存在感のないお付き二人も慌てて彼女の後を追う。
そして、太陽の沈みゆく地平線の彼方へと三人はその姿を消し、後には長い影を引きながら、夕陽に赤く照らされる呪術部の面々だけがその場に残された。
「な、なんだったの? 一体……?」
展開に着いていけず、真奈がポカンとした顔で誰に言うとでもなく呟く。
カー……カー……。
そんな真奈に答えるかのように、遠くカラスの鳴き声が夕焼け空に響いていた――。
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